五井野正 博士ファン倶楽部  浮世絵と印象派を通して学ぶ自然世界

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レフ・トルストイ原作 『復活』 の中にロマの残像を求めて                          ロシア文学の中に残されているロマの世界





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上記の絵画は、『ドクトル・ジバゴ』で有名なパステルナークの父親が、実はトルストイと親交があって、トルストイが復活の小説を連載する時に、その挿絵として依頼して描いたものなのです。場面は、ロシア正教教会での復活祭の様子、主人公のカチューシャ・マースロワが燈明を持っている様子。そして事の発端は、このキリストの復活祭の夜に、ネフリュードフ侯爵が、カチューシャに関係を持ってしまい、その関係を持った翌日に、地主貴族と農奴の娘と言う階級間の社会的差別から、カチューシャの愛を無視して、反対にカチューシャに金銭を渡して軍隊に戻ってしまったことから、この復活の物語が始まってゆく。

トルストイ・復活 ふっかつ ВоскресениеVoskresenie 

  女囚マースロワの裁判に陪審員として臨席したネフリュードフ公爵は、裁きを受けるべき目の前の被告が、彼が青年時代に情欲のままに犯した小間使カチューシャ・マスローワであることを知り、驚きと悔恨に良心を責められる。彼女は妊娠を理由に彼の伯父の邸(やしき)を追われ、娼婦(しょうふ)に身を落とし、ある商人を毒殺したという科(とが)で法廷に引き出されていた。

 カチューシャは、その出自が、父親がロマの旅芸人の男性で母親がネフリュードフ侯爵家の土地に住む農奴の女性との間に生まれた子供で、カチューシャには、半分父親のロマの血が入っている容姿端麗な女性なのです。そしてネフリュードフ家ではそんな彼女を養女のような形で引き取り、家の中で家政婦のような仕事をさせながら高等教育を受けるという下層階級に生まれた女性としては大変に恵まれた女性でした。そして物語の発端は、そんな若くて綺麗なカチューシャがいる自分の屋敷に、大学の休暇中に息子であるネフリュードフ侯爵が家に帰って、カチューシャと出会った時から、カチューシャ・マスローワの人生が大きく変化してゆくのです。



マースロワ・カチューシャについて( 上記書籍㌻17~ )

『 女囚マースロワの身の上はまったくありふれた身の上だった。マースロワは結婚していない、お屋敷づとめの女の娘だった。その女は未婚の二人の姉妹の女地主の村で家畜番をしていた母親のもとで暮らしていた。女は夫がいないのに毎年子どもを産んでいたがふつう田舎でよくあるように、赤ん坊には洗礼はさずけるものの、その後では、望みもしないのに生まれた、必要のない、仕事のじゃまをする子どもに母親は乳を飲ませないので、赤ん坊はまもなく飢えて死んでゆくのだった。

 こうして五人の子どもが死んだ。みんな洗礼を受けた後、乳を飲ませてもらえずに死んでいったのだ。渡り者のジプシーの父なし子として産ませられた六番目の子どもは女の子で、この子の運命も同じようになるところだったが・・・・』

と書かれてカチューシャがジプシーの父と農奴の母を持つ子供であるとされているのです。

 
 下段の一番目の画像は、ネフリュードフ侯爵家にメイドとして働いていた時のカチューシャ、二番目は転落して娼婦となり、売春宿を経営?!する夫妻に騙されて悪事に加担をさせられていた時の様子、そして一番下は警察に捕まり、裁判後シベリア流刑で、シベリア行きの列車の窓からのカチューシャです。


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上記、ネフリュードフ侯爵は、広大な土地を所有するロシアの地主貴族であり、彼は大学時代は、そんな地主階級の在り方に対して批判する土地私有論の論文を書いており、カチューシャに初めて出会った時は、資産を農奴たちに分配するという思想を持っていた。しかし、大学を卒業して軍隊に入る中でその思想も変化始め、再びカチューシャに会った時には、その学生時代に書いた論文を燃やしてしまったのです。そしてロシア正教会の復活祭の時に、カチューシャと無理やり関係をしてしまい、その後カチューシャを捨てて、軍隊に戻ってしまい、カチューシャは、妊娠してネフリュードフ侯爵と関係したことが発覚して、ネフリュードフ侯爵家から追い出されてしまい、子供は死産して路頭に迷うことになり、いつのまにか娼婦に転落してしまい、売春宿を経営?!する夫婦に騙されて窃盗と毒殺の加担することになり、警察に逮捕されて牢に入れられて裁判を待つ身の上とになったのです。

 裁決が下り、無実でありながら手続の誤りで彼女はシベリア流刑となるが、ネフリュードフは不幸をもたらした罪を償うために彼女との結婚を決意し、後を追う。シベリアへの途次、彼はなにくれとなく彼女を保護し、刑事犯の組から政治犯の組へ組み入れて労働を軽減させるなどするが、その政治犯のなかにいた1人の若者シモンソンから彼女との結婚を知らされ、新たな悩みに思い苦しむ。

  しかし、実はこの結婚には、カチューシャネフリュードフの将来を思い、心では彼を愛しながらも、やむをえず別れる、という事情の介在があった。そして、ある一夜、ネフリュードフは宿屋で聖書を開き、福音書(ふくいんしょ)のなかに自らの更生の道しるべをみいだす。

( は、日本大百科全書(ニッポニカ)の解説より)







  映画の中では、裁判中にカチューシャが事件の現場の回想するシーンとして描かれていますが、カチューシャは、売春宿で大柄で熊のようなロシア人の客が大酒飲みでウオッカを追加して買うために、自分のカバンの中にある現金を持ってくるようにカバンの鍵を預かり、お金を出す時に、売春宿の夫妻?!を同席させてカバンを開けており、必要なお金だけ出して鍵でカバンを閉めて戻した後に、カチューシャが客の処に戻った後に、勝手に夫妻が客のカバンを開けて金銭を窃盗しており、カチューシャそのものは何もその罪に加担していないのです。

 またその大柄の熊のような客の求めが激しいので体が疲れて疲労ぎみの時に、今度はその夫妻から、その客に大量の睡眠薬を飲ませて眠らせてしまうように薬を渡されのですが、実はその渡された薬が毒薬で、カチューシャは、睡眠薬としてウオッカに混ぜて飲ませた薬が、毒薬だったので、その客は死亡してしまい、それが警察に発覚して、窃盗と毒殺の罪で、売春宿の経営?!している夫妻とカチューシャは捉えられて、留置場に入れられて裁判を待つ身となってしまったのです。


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 今や女囚となってしまったカチューシャは、簡素な白い囚人服を着て、売春宿?!の夫妻ともに裁判を受けることとなり、売春婦による毒殺事件として法廷が開かれることになったのです。当時のロシアの裁判制度では、陪審員制度があったようで、貴族階級の中から陪審員を選んで、法廷で複数の陪審員による審議が行われる様子が映画の中で描かれています。

( 小説の場面に裁判や法廷でのシーンが描かれることは、トルストイに限らずドストエフスキーにしても、この法廷や裁判のシーンが数多く描かれていると思います。たとえば罪と罰やカラマーゾフの兄弟など。これはナザレのイエスが、ゲッセマネで捉えられて、その夜中に、ユダヤ立法議会がカヤパによって召集されて、ナザレのイエスを宗教裁判として尋問したやり取りが新約聖書の中に描かれているように、法廷や裁判を描くということは、或る意味でナザレのイエスの裁判とシンクロさせるような意図があるのかもしれません。)

 そして不思議なことに、何かの巡り合わせで、偶然にネフリュードフ侯爵が、娼婦の毒殺事件の審議についての陪審員の一人として出席することになったのです。もちろんネフリュードフ侯爵は、被告人の売春婦の女性が、自分が若い時に関係をもって、妊娠させ捨ててしまったカチューシャその人であるということは、まったく知らないのです。ただ巷では、美人の売春婦が起こした毒殺事件として噂が流れたいたのです。


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 さて、ネフリュードフ侯爵は、陪審員として法廷に出席する前に、美人売春婦による毒殺事件という噂を聞き、法廷でその女性の模写をするためにパリで購入したスケッチブックを持って出かけるのです。そして法廷でその美人売春婦の女性の姿を描き始めるのです。すると少しずつ彼女の顔の輪郭を模写してゆくうちに、何かを感じ始めるのです。それで同じ陪審員の席に座っている貴族に被告人である売春婦の名前を聞くのです。

 そして裁判官が、自分の正式な名前を告白するように彼女に諭すのですが、その時に彼女の口から『マスローワ・カチューシャ』と声を出した時に、『あの時のカチューシャ』であるということがはっきりと想起されて、ネフリュードフ侯爵は、大変に動揺してしまい、大きな苦悩が内面に起きてきてしまったのです。それは自分があの復活祭の日に、カチューシャを捨てたことによって、それが原因となり、遠因となって、カチューシャが売春婦に転落して、最後は窃盗と殺人を犯して、今この裁判の法廷に立たされていると思うようになり、その原因は自分の罪であると深く感じるようになったのです。

 裁判は陪審員による審議となり、会議室では同じ陪審員の貴族達が、いろいろと議論をします。そしてそこで出された見解は、本人には窃盗による罪はないが、殺人罪として罪は認められることになるが、本人には殺意はなかったという見解となり、書面の作成をして法廷の裁判官に文書を提出することになりました。しかしその文書の作成の時に、ミスがあって、毒殺による殺人については、本人には殺意はなかったという文章を付け加えることを忘れてしまったのです。本来はその文章を付けることによって無罪か刑が軽くなる処が、この作成ミスによって、カチューシャは、懲役7年のシベリアへの流刑となってしまったのです。




 ネフリュードフ侯爵は、このカチューシャに対する裁判の判決を聞いて動揺と深い罪悪感に苛まれることになり、精神的にうつ状態となってしまいます。そして同じ貴族仲間のパーティーに参加したり、貴族の女性達と会話をしても、もう以前のような精神状態に戻れなくなり、シベリア流刑となったカチューシャを助けるために、モスクワの有能な弁護士を雇って控訴しょうとします。またそのために、自らの土地や屋敷から家具・絵画・農地などの資産を売却して、カチューシャを助けるための裁判費用を作ります。

 仲間の貴族達や親族達は、どうしてそんな売春婦に対してそこまでのことをするのかと蔑まされたり、そんなネフリュードフの昔の知人で司法関係者やシベリア流刑の担当長官に帰任している友人からも、ネフリュードフの蛮行を目覚めさせるために、あえてカチューシャの事件の判決の控訴に対して、控訴を認めない判決に誘導するようになり、ネフリュードフ侯爵の努力とは裏腹に、カチューシャのシベリア流刑は決定されてしまうのです。

 そして貴族の仲間内では、一人の売春婦を助けるために自らの資産を売却する愚かな貴族、そしてその売春婦と結婚しょうとしている馬鹿げた貴族として、社交界の裏側ではネフリュードフ侯爵の名前は知れ渡るようになってゆきます。しかしカチューシャのシベリア流刑にネフリュードフ侯爵は、彼女と同行することになり、その間に裁判の結果を覆そうと努力するのです。つまり、彼の行動は、広大な土地と農奴を所有する地主貴族としては、絶対にあり得ない行動をしてゆくのです。

 そしてここでは、一人の無罪の売春婦を助けるために、或いは自らの罪悪感から、自らの資産を売却して、売春婦の無罪或いは減刑を勝ち取るために活動する若き貴族の姿が描かれているのです。恐らくこの姿は、トルストイ自身の姿でもあり、トルストイ主義の現れであるのかもしれませんが、不思議なことにトルストイの文学の中には、このような地主貴族が売春婦を助けて、売春婦と結婚するという世界観が顕わされているのです。( 伝記によると、トルストイは結婚前後に、トルストイの所有する農地の娘アクシーニャ・パズイキナと関係して、彼女に男の子を産ませており、そんなトルストイの若い時の経験が、この小説のカチューシャの姿に投影されていると本人が告白しているのようです。)


 ネブリュードフ侯爵は、シベリア流刑が確定したカチューシャの裁判後に、刑務所の中で初めて彼女と面会します。そして過去の罪の許しを請い、控訴の手続きをとるために資産を売却して無罪を晴らすことをカチューシャに伝えますが、カチューシャは、そんなネブリュードフ侯爵の言葉を聞いても、『今さら何さ!』と取りあいません。しかし、ネブリュードフ侯爵は、カチューシャに何を言われようと裁判の結果に対して控訴することを進めてゆきます。

 そしてそれと同時に、カチューシャを今いる刑務所から、医療刑務所に移し、医師の下で働く身分として、刑務所内での待遇を改善してゆくにつれて、ネブリュードフ侯爵が、自分のことを真剣に考えて、控訴の手続きを進めていることに気づいてゆきます。そして様々な手立てをネブりュードフ侯爵は行ってゆくのですが、侯爵の売春婦を助けて、その売春婦と結婚をするという破滅的な方向に進もうとする侯爵の行き過ぎを正すために、援助を依頼した肝心の法曹界の知人は、再審を敢えて認めず、カチューシャのシベリア行きは確定して、シベリアに出発することになってしまうのです。

 しかし、ネブリュードフ侯爵は諦めず、カチューシャと共にシベリアの流刑地に同行することをカチューシャに告げます。カチューシャは、序々に初めて刑務所内で面会した時から、ネブリュードフに対して受けとめていたことが変化してゆき、このままでは自分の運命の中に、彼を巻きこんでしまうと気づき、自分はもう十分であるから、本来の気持ちとは裏腹に、反対にネブリュードフ侯爵を過去の忌まわしい出来事から解放させてやらなければならないと感じ始めてゆくのです。

 そして彼女は同じシベリア流刑となっているシモンソンと言う一人の男性と流刑地で結婚することを通して、反対にネブリュードフ侯爵を過去のいまわして出来事から解放して、そして自分に対する思いからも解放させるために最後は別離を選択してゆく方向に向かうのです。ネブリュードフ侯爵にとって、カチューシャがシモンソンと言う一人の男性との結婚は衝撃でもあり、様々な複雑な思いが交差するも、カチューシャの本心・本意を感じ取り、別離を受け入れてゆくのです。

 そしてネブリュードフ侯爵は、カチューシャがシベリアの流刑地に汽車で去った後、雪の中を放心状態でさ迷いますが、通行人に遠方に見える雪の中の居酒屋に行くことを進められて、多くの人々がいる居酒屋には入って行きます。そしてその中では多くの老若男女の人々が新世紀を祝う祝賀祭を始めようとしている処でした。そして多くの人々がそれそれ願いを告白してゆく中で、ネブリュードフ侯爵は新世紀への願いとして『人を愛すること』と告白して物語が閉じられてゆきます。


 映画での復活と小説の復活は、かなり最後の場面では異なっています。特に小説では、カチューシャと別離後は、新約聖書のマタイによる福音書の記述が締められています。それはカチューシャのシベリア流刑で、現実の流刑地での刑務所の中の様子が描かれています。そしてその中で、地主貴族による土地所有を土台とした社会の中での政治犯や犯罪者達の更生が、どうして可能であるのか・・・・ネブリュードフ侯爵は、マタイの福音書の中のナザレのイエスの言葉の中に解決方法を探します。それは、簡単に述べると『だれが一番天国の門に入れるのか?』というナザレのイエスの解答を考えると、ロシアの地主の貴族階級は、実は天国から一番遠い処に位置している人々となってしまうということです。

 また現実には貴族と農奴ではその刑務所内での待遇や報いそして罰が異なり、社会的差別が平然と行われていることを知り、ネブリュードフ侯爵は、今回のカチューシャの事件を通して、貴族階級と農奴の様々な社会的な問題に気付いてゆくのです。流刑地や刑務所の中での人間の様子を観察して云々・・・これは現実に社会主義サークルに参加したことが官憲にばれて、シベリア流刑を体験したドストエフスキーの『死の家の記録』の世界と共通しているのですが、トルストイの復活では、刑務所内で新約聖書を配布して伝道するイギリスの伝道者が描かれていて、その伝道者から一冊の聖書を渡されたことがきっかけに、マタイによる福音書の戒律の中にその解答があると述べられているのです。


 トルストイ文学の中にロマの残像を求めて

 さて、上記説明がトルストイの『復活』の概略となりますが、ここでは一般的に触れられていないロシア文学の中に表現されているロマの残像について述べてゆきたいと思います。私達は普通このようなテーマでロシア文学について言及することはあまりないと思われます。

 しかし、実はトルストイの『復活』をカチューシャの姿を通して、ロシアにおいてもジプシーであるロマの女性達がロシアの地主貴族達に大きな影響を与えてとことが見えてくるのです。そしてそれはトルストイだけではなく、トルストイを取り巻く周囲の人々、つまり、トルストイの兄弟達の姿を見てゆくと、そこにはロマの女性と深い繋がりがあったのです。


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 上記書籍は、日本のロシア文学の第一の研究者である藤沼貴氏の『トルストイ』の文献ですが、おもしろいことにこの書籍にはトルストイの兄弟達のことについて、いろいろと詳しい行状が書かれているのです。トルストイは四人兄弟で長男・ニコライ、次男のセルゲイ、三男のドミトリー、そして四男のレフ・トルストイであり、その男四人兄弟の他に妹であるマリアが一人いました。そしてこれらの身内で起きた男女関係の出来事を知るにつれて、どうしてトルストイが『戦争と平和』や『アンナ・カレニーナ』や『復活』のような小説を書こうとしたのか、その社会的背景が、実は身近なトルストイの親族の男女関係の行状を知ってゆくと見えてくるものがあるということなのです。

次男セルゲイ兄はマーシャと言うジプシー女性と結婚 ■

 たとえば、次男のセルゲイについては次のようなことが書かれています。(上記書籍㌻98~99)

『・・・しかし、現実的な感覚を持つこのセルゲイはが四十六年にカザン大学を卒業した後、勤務をせず領地で暮らしているうちに、五十年ころからジプシー(最近ではロマと呼ぶことが多くなっている)との遊びにのめりこむようになった。ジプシーが経営し、ジプシーの芸人が歌い踊り、酒食を提供し、ジプシー女性との親密な付き合いもさせてくれる歓楽施設がロシアにはあちこちあった。ヤースナヤ・ポリャーナに隣接するツーラのジプシーは、モスクワ、ペテルブルグにも劣らぬものだったという。

 ジプシーの遊び場は虚栄や偽善が見え隠れする上流社会とは違い、人間の生の感情や欲望を噴出させることが許される場所だった。トルストイがそれに夢中になったのは不思議ではないが、常識人のセルゲイまでもがそのとりこになり、美人で歌のうまいマーシャ(マーシャとは、ロシア語でマリアの通称の名前)に入れあげて、同棲するまでになった。その時マーシャは十七歳の若さだったと言われているが、実は二十三歳だったという説もある。』


  だが、セルゲイは周囲の反対を押し切って、階級差の大きい女性との愛をつらぬいたというわけではなかった。たしかにセルゲイは、マーシャが好きで、同棲の相手としては気に入っていたようだ。しかし、マーシャを正式に配偶者とは考えておらず、良家の令嬢との「正式な」結婚を期待していた。それが当時の通例だったのだ。しかし、三百四十~三百四十一ページで述べるようないきさつで、弟のトルストイなどに説得されて、結局マーシャと正式に結婚した、あるいはさせられた・・・・・マーシャとの間には十一人の子供をもうけたことがセルゲイの人生だった。』

 つまり簡単に述べるとレフ・トルストイの二番目のお兄さんセルゲイは、地主貴族であったけれども、マーシャと言うジプシーの女性と結婚して十一人の子供をもうけていたのです。このようにロシアの貴族がジプシーの女性に入れあげるということは、『ジプシーは空に消える』と言うロシア映画の中でも、ロシアの貴族が主人公のジプシー女性であるラーダに求婚しているという場面からも、当時のロシアの地主貴族の間ではそのようなことが巷に行われていたのではないかと思えてくるのです。

関連映画紹介 『ジプシーは空に消える』原作 マクシム・ゴーリキー下記の映画では、ロシアの貴族がロマの女性に求婚しているのです。



( 上記動画は、最初の部分が重複してしまいますが、馬車の馬の走行を止めたジプシーのラーダという女性の神秘的な力に驚いて、ロシアの貴族の男性が馬車から下りて、ラーダに自分の性格や未来などを手相を通して見てもらいます。そしてラーダに求婚するために、ラーダの一族いる場所に来て、ラーダに高価なドレスをプレゼントしますが、ラーダはそんな貴族の求婚に対して、プレゼントされたドレスを男に着せて、貴族の前で踊らせて、貴族の求婚に対して屈辱を与えるのです。そしてそれでもあきらめきれない貴族の男性は、ラーダの父親に娘と結婚させてくれと頼むのですが、父親は娘から返事を聞くようにと諭し、最後はラーダから求婚を拒絶されて、ラーダを魔女のように罵るような情景が描かれています。)

三男ドミトリー兄はマーシャと言う娼婦を身請け同棲

 次に三男のドミトリーについては次のように書かれています。(上記書籍㌻100~101)

『・・・遺産を貰うと、彼は弟のレフと同じように、責任ある地主として領地経営をしょうとした。しかも弟よりも徹底していた。彼は官制の農奴制度にのっとって、農地を管理しょうとしたのだ。その理念とは、「すべての土地は神のもので、地主も農民も神の僕である。自分が地主となっているのも、農民たちが自分に所有されているのも、神の意志によるもので、それにそむくことは許されない。

 したがって、神に選ばれた地主である私は、農民の生活の改善につくす義務がある」というものだった。この考えに賛成する地主は多かったが、これは事実に反した架空の理念で、現実に適用されたことはなく、適用できるはずもなかった・・・・・ところがドミトリーはこの理念というより、空虚な言葉をそのまま正直に実践しょうとした。』


『・・・・その試みがうまくいくはずもなく、まもなくドミトリーは領地の管理をほうり出し、事業に手を出したり、勤務したりし、ついには反対の極に突っ走った。かっての宗教的な禁欲生活とはうって変わって、トランプ博打をし、マーシャという兄セルゲイの妻と同名の娼婦を身請けして同棲し、最後には結核になって、五十六年一月、二十八歳の若さで亡くなった。

 兄セルゲイや妹マリアからの知らせでかけつけた時、数年ぶりに会ったドミトリーの変わりはてた姿に、トルストイは胸をつまらせた。のちにかれはドミトリーが死んだのは「病気のせいではなく、自分に満足できない心の苦しみのためだ」と書いた。ドミトリーはマーシャを同棲後しばらくして追い出したが、彼が病気で倒れたのを知ると、マーシャはもどってきてその最後をみとった。


 そのようなことで、トルストイの三番目のお兄さんのドミトリイーは、実は貴族でありながら、マリヤと言う娼婦を身請けして同棲していたのです。そして一度はそんなマリアと縁を切ったけれども、最後には結核で死ぬ時には、その娼婦であるマリアに看取られるという人生であったのです。

 つまりこのトルストイの小説『復活』の中で描かれているジプシーの血を引く娼婦であるカチューシャを身請けして結婚するという地主貴族であるネブリュードフ侯爵の姿は、架空の世界の出来事ではなく、現実にトルストイ兄弟の中で起きてきた出来事の投影でもあるということなのです。そしてそれはけしてトルストイ兄弟の中で起きてきた特殊な出来事ではなく、当時のロシアの貴族の世界の中では、貴族社会の仕来たりとは別に行われていたことであり、すでにロシアの地主貴族社会の中には、ロマの流れが歌や踊りや占いなどの歓楽施設を通して根づいていたのです。

  因みに一番下の妹のマリアについては次のようなことが記述されています。上記書籍㌻336~『・・・・トルストイの二つ年下の妹マリアは十七歳で遠縁の親戚ワレリアン・トルストイと結婚し、四人の子供をもうけたが、一八五七年に別居してしまった。その原因は素行の悪い夫が次々と愛人を作ったこととされているが、容赦ない研究者たちは、別居前のマリアが有名な作家ツルゲーネフと親密する交際をしていたことを資料をもって突きとめた。今では離婚の原因は不明と言うほかない。

 トルストイは妹の離婚の知らせを外国で受けとった。帰国後すぐに、彼は妹の離婚を正式に成立させようとしたが、うまくいかなかった。おそらく、ワレリアンも離婚に消極的だったのだろうが、当時のロシアでは、一般に離婚はとてもむつかしかった。婚姻は教会で神に誓って行われる神聖な秘儀だったから、いったん成立すると、容易に解消できなかった。そのため、実際には夫婦生活をしていない男女が法律的には離婚を認めてもらえず、さまざまな実際的障害に遭い、不幸を増幅させた。

 マリアの場合はまだ離婚が成立していないうちに、外国の保養先でスェーデンの子爵ヘクトル・ド・クレンと同棲していたらしく、六十三年にはその子供を産んでしまった。この「不祥事」は、現在のわれわれには理解しにくいほどの衝撃を、トルストイ一族に与えた。名門貴族出身で、法律的にはまた夫のある女性が子供を産むということは一門の恥であり、神に対する罪であり、生まれた子供は非嫡子になってしまう・・・・』と書かれているのです。 つまり、アンナ・カレーニナの小説を地で行くような出来事が実は、身内の妹マリアの家族の中で実は起きていたということなのです。


 私達はトルストイと言うロマやジプシーの世界とは無縁の世界であるかのように思いがちですが、一度その世界を垣間見てみるとそこには、実はジプシーやロマの世界が見え隠れしてくるのです。その意味ではロシア文学の世界にも、ジプシーやロマの残存している世界を掘り起こしてゆくことができるのかもしれません。そしてそのロシア人とロマとの関係を過去の世界に遡ってゆくのであれば、それはアーリア人のインドへの侵入の時代まで溯ることができるのかもしれません。

 因みにトルストイの始めの文学としての創作活動の始まりは、一八五〇年のトルストイが二十二歳の頃で、その時のテーマの記述が日記に残されていて、始めの創作活動のテーマは、ジプシーの生活をテーマとした小説を書くとされていて、推測するにその頃から、トルストイはジプシーの歓楽施設に足を運んでいたのかもしれないし、なんらかの思いがジプシーにあったのかもしれません。

 そして最晩年の作品もジプシーをテーマとしたもので『生ける屍』と言う戯曲の作品は、マーシャと言うジプシーの女性との遊興によって身を持ち崩すフェージャという男性が破滅してゆく戯曲なのです。そしてこの戯曲は兄のセルゲイやドミトリイの姿が投影されているようです。そのようなことで、トルストイのロシア文学の中にもロマの残像が見られるのです。そして、もしかしたら、トルストイ主義とは、トルストイがロマと出会って、ロマの文化の影響を受けて、キリスト教の本来の姿が、ロマの生き方に近いということに気付いた結果生まれてきたものなのかもしれない・・・・・


参考補足資料・トルストイと日本の関係

ロシアNOW 文豪レフ・トルストイの誕生日
https://jp.rbth.com/articles/2012/09/09/38897


ロシアNOW 文豪トルストイがソフィア・ベルスと結婚 
https://jp.rbth.com/articles/2012/09/23/39139


ロシアNOW ロシア文学の影響と白樺派
https://jp.rbth.com/culture_calendar/2016/06/14/602677


参考文献・ジプシーの歴史 東欧・ロシアのロマ民族

追加・補足資料・上記【ジプシーの歴史】の文献より、㌻267~㌻268

『 レフ・トルストイのジプシーに対する関心は弟のセルゲイよりも早かった。一八四七年に大学を出たレフは、ヤースナヤ・ポリャーナの家族の領地に住んで著作に励んだ。仕事でしばしば行ったツーラで、彼は「ジプシー合唱団の歌手狩り」に時間の多くを費やした。

 日記にはこう書いてある。「ジプシーを知った者ならだれでも、彼らの歌を繰り返し口ずさむのをやめられなくなる。ときには、調子はずれのこともあったが、いつも楽しく。というのも、記憶に鮮やかに焼きつくからだ。」「聖夜」では彼は、深く感動させられたロマ音楽について語っている。

 次に和音、そしてあの同じメロディー、繰り返し繰り返し、優しく、柔らかく、朗々とした声。激しく白名抑揚し、驚くばかりに華やかに、声はどんどん強くなり、活力に溢れ、そのメロディーはいつのまにか合唱団に引き継がれて、全員で歌われる。

 『生ける屍』でトルストイは書いている。ロマ音楽を聞いて自分は「大草原のことをいかに思うか。自由はないが、独立不遜の10世紀。・・・・・あの絶頂感はどうやって達成されるのか、どうして身体の中でそれがいつまでも続けられるのか? マーシャよマーシャ、どんなにか私のはらわたを揺さぶったことか。」


 レフ・トルストイのロマに対する関心は音楽に限られなかった。モスクワの滞在中、アルパート街のアパルトマンに住んでいた若きトルストイは、ジプシー・ギャバレーの誘惑に抗しきれなかった。グリャーカを真似て、彼は友人とともに郊外のキャバレーにしばしば足を運んだ。そこでは真っ白な歯の美しいジプシー娘が歌ったり踊ったりしたー【婚約者や妻や母親の恐怖の的。】1850年12月24日から29日にかけての日記で、トルストイはジプシー女に対する自分の入れ込みようを厳しく戒めている。

 なじみのキャバレーでトルストイの膝の上に座ったジプシー歌手のカーチャが、彼の好きな歌『わけを言って』を口ずさみながら、歌のあいまに「愛するのはあなたがはじめてよ」と言った。彼は日記に書いた。「その日の夜、私はこのジプシー女のからかい半分のささやきを本当に真に受けた。」

 すっかりいい気分になって、どんなお客も気にならなかった。トルストイはしばらくのあいだジプシー通いを自分に禁じたが、クリミヤ戦争に将校として従事したのち1856年にサンクトペテルブルグに移ったとき、また新しいジプシー・ギャバレーを見つけた。


■ トルストイ的美女とは・・・・・

 不思議とトルストイとロマの関係性がわかってくると、アンナ・カレーニナでトルストイが描こうとしたことが直観的にわかってくるかもしれません。私達は、アンナ・カレーニナを一つの道徳的観念で推し量り、アンナの行動様式を批判して、さらにはキリスト教的ものさしで判断しょうとしてしまう。しかし、この小説の中でトルストイが描こうとしたことは、実はアンナ・カレーニナとは、自然の中で生きるロマ・ジプシーの女性の姿が投影されているのであり、そのロマ・ジプシーの女性、ロマ・ジプシー的な女性がロシアの貴族社会の中では、どのような運命になってゆくのかということを、トルストイはアンナ・カレーニナの性格を創造することによって実験しょうとしたのかもしれないのです。つまりロマやジプシー的な世界観の視点を持たないとアンナ・カレーニナの意義が全然見えてこないのかもしれません。


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プロフィール

水と木の精霊の守り人

Author:水と木の精霊の守り人
 浮世絵の中に描かれている宗教・歴史・信仰・民俗学・古典などに深い関心があり、『精霊の守り人』のファンです。また、浮世絵の影響を受けたフランス印象派やジャポニスムに関心を持っています。
( Impressionnistesとは、正しい翻訳では、印象派と訳すのではなく、フランスの浮世絵師と訳すのが正しい翻訳であるそうです )
特に浮世絵の研究者でもあり、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士のファンの一人です。博士の講演の中で、ジャポニスムとは、日本趣味ではなく正しくは、~イズム(ism)とはその人の生き方・精神を顕わして日本趣味ではなく、日本主義と訳すのが正しい翻訳であるそうです。また内部被曝問題に関心があります。日本GAP・アダムスキーやオムネク・オネクに関心を持っています。

◆ このファンサイトの主旨
 
 このファンサイトは、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士の個人的・非公式非公認ファンサイトです。これまで博士の芸術論講座や講演会に筆者が参加して、個人的に主観的に思ったこと考えたことが書かれています。ですから客観的な公式・公認の情報ではありません。

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