五井野正 博士ファン倶楽部  浮世絵と印象派を通して学ぶ自然世界

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ブログの紹介                                                      サーティンキューの正体と背後組織                          『五井野正博士を誹謗中傷するサーティンキューの正体』

 
  キリストに離反したユダのシンボル数字である【13】に固執し、【13】を追求する者達が世界を変えると言う危険思想を主張するユダの流れを組む悪なる【サーティンキュー】の政治的カルトブログを全面批判するブログの紹介。ブログの筆者は、専門のジャーナリストの方のようです。下記参照。

【五井野正の正体と題して虚偽で誹謗中傷するサーティンキューの正体】  
http://kazato03.blog.fc2.com/

【五井野正氏をネットで誹謗中傷するサーティンキューの正体と影】
http://7812555.blog.fc2.com/

  【サーティンキューの政治的カルトブログ】とは、昔からずっと五井野正博士を何の根拠もなく、誹謗中傷しているブログのことです。その背後には、政治権力を持つ日本の巨大宗教団体・創価学会がいると言われています。

 つまり、サーティンキュー(政治的カルトブログの筆者)の正体とは、

【ユダの信仰者】であり【悪霊】であるのです。

彼のロゴマークが【髑髏】であることがその証明です。注意が必要。


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◆ 上記の銀貨三十枚は、イエスを裏切ったゼロテ党員!?であったイスカリオテ・ユダのシンボルの一つですが、【13】という数字も、不吉なキリストに離反したユダを顕すシンボル数字であり、そのような【13】を追求するのが、サーティンキューの目的で、その【13】を追求する者達が世界を変えると主張してテロリスト賛美の危険思想を広めているのです。

( 逸話では、最後の晩餐の時にナザレのイエスの処に集まった12人の弟子とナザレのイエスを含めて13人となり、ユダはその13番目の人間という意味から【13】は、ユダを意味する数字となったらしい。追記、また上記ユダの映画ポスター( 画像は、Judasの映画ポスターより )は、ドストエフスキーの悪霊の小説と組み合わせると、七つの悪霊に取りつかれていたマグダラのマリアを顕すロゴマークとなるかもしれません。彼女に取りついたユダヤの七つの悪霊の実体とは、時間を現代まで溯ってゆくとそれはリチャードコシミズが指摘した日本の社会の中で絶対的な権力・金力を持つ今日のユダヤ教・ 創価学会のトップそのままなのかもしれません。)

◆ 普通に考えて、自らのシンボル数字にあえて、裏切り者ユダのシンボル数字【13】に固執して、それを主張する彼の潜在意識の意味は何なのでしょうか。それは、サーティンキューがユダの流れを組むゼロテ党員のような危ない存在だからなのかもしれません。

◆ 何故なら、普通の感覚・感性の持ち主であれば、【13】と言う不吉な数字に深く固執するということはないのであり、彼が敢えてこの不吉な数字に固執しているということは、かなり異常な屈折した感覚の持ち主であることを意味しています。そしてその感性には危険思想が隠されているということなのです。サーティンキューとは、ユダに対する信仰者なのです。

◆ そのようなことで、今回は、上記【13のユダを追求するサーティンキュー】を全面批判するブログ五井野正の正体と題して虚偽で誹謗中傷するサーティンキューの正体と言うブログの紹介となります。随時このブログについてはこれからも掲載してゆきたいと思いますが、このブログを読んでゆくとサーティンキューのブログの中で述べられていることが実は大変な危険思想が含まれていることに気付いてゆくと思います。以下の『』内の文章は上記ブログからの抜粋です。


『 サーティンキューの筆者自身の妄想ではありますが、この記事の結論にあたる最後の章に記述していました。

4、結び ~ 太陽神が世界を動かす!(http://xuzu0911.exblog.jp/21522064/)の章の、★の2個目に、

「★頭上に太陽がある砂漠。それは我々の神聖な精神の表現である。砂漠は雑念(6の意識)がないことを表現している。そして黒ずくめの男が、オレンジ服の二人の首を斬る。首を斬ることは、【 6から9への転換 】を意味していて、オレンジ色は【 新しい太陽神の誕生 】を意味している。そしてこの黒づくめの男こそが、太陽神の【 死神 】の面であり、世界はその存在を恐れていたから、欧米のマンションに13号室はなく、日本のアパートやマンションには4号室がない、という現象になっている。数字の13の意味は死神であり、日本の数字の4は「シ」と発音し、死であり、死神を表現するからだ。」

という妄想の文章で説明されています。

「頭上に太陽がある砂漠」と「我々の神聖な精神の表現」とがどうして同じになるのか、筆者の説明もなければ、砂漠がどうして6の意識がないのかの説明もありませんが、逆に言えば、どういう意味だとへたに考えると妄想の世界に入り、かえって洗脳される可能性がありますね。

意味の無いものに筆者の意味が繰り返し与えられると、やがて思考が停止して言葉だけが記憶され、それがいつの間にか筆者のシンボル的な暗示として信じやすくなるからです。

頭上に太陽がある時に首を斬られることが【6から9への転換】となるという言葉もいつの間にかその意味を考えずに洗脳されてしまいます。
黒づくめの男が死神で数字の13という言葉もタロットカードで示され、そこに描かれた絵を見ると自然に洗脳されてしまいます。
映像や感覚を支配する右脳がサーティンキューの言葉のトリックによって催眠術のようにコントロールされ始めてしまうからです。

一般常識で文章を読めば、「13と一体化する」という言葉は現実的には黒づくめの男と一体化するというおかしな意味になるはずですが、サーティンキューの言葉のトリックにより太陽神の「死神」の部分と一体になるという解釈にされてしまうのです。

ここまでの言葉だけでも冷静に考えればサーティンキューの筆者だけの妄想だとわかりますが、サーティンキューの思想に共感者、もしくは洗脳された異常者がもし、たくさん出てくるとしたら、何と恐ろしい社会になるかと皆さん方もそう思いませんか?
 』
『五井野正博士を誹謗中傷するサーティンキューの正体』のブログよりの抜粋


◆ 上記の分析よりその危険思想とは、『太陽神とは、破壊神であり死神であるという思想』であり、この思想を読む人々の無意識に刷り込ませることによって、本来の太陽神信仰を覆い隠すことであり、本来の太陽神信仰の在り方から人々の意識を分離させてゆくことにあるからです。そして知らない間に、破壊神や死神を崇拝するテロリストの行動様式を正当化してしまう論理に組み込まれてしまうからです。

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( ドストエフスキーは、テロリストの論理を悪霊として批判
し、ロシア正教による救済を説いた。上記は、有名な『罪と
罰』、ドストエフスキーは分離派信徒娼婦ソーニャを通して
ロシアの大地ロシアの自然に回帰する必要性を説いた。
人間は、自然的感性を失うと思考が狂い悪霊と化す。ロ
シア正教は、反共産主義のシンボル。)

◆ つまり目的のためには手段を選ばないロシアの文学者ドストエフスキーが警告した『悪霊・テロリストの論理』を正当化してしまう論理に行きついてしまうのです。ドストエフスキーは、ルカによる福音書の中で示唆されているブタの群れの中に入って集団で川に飛び込み溺死する悪霊の逸話を適用して、人間の意識に取り付く誤った思想である【悪霊・テロリストの論理】を警告しているのです。

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( 上記のソビエト物語のドキュメントの動画は、下記の悪霊の中でのシガリョフ理論の現実の姿であるのです。 )

◆ また下記は、上記動画の内容です。この映画の場面は、ニヒリストたちのウィルギンスキー宅でのサロン会議の場面で、シガリョフと言うメガネをかけた男性が、サロン会議の中で発言を赦されて自説のユートピア思想を述べるシーンです。一部会話の略があります。

シガリョフ
『 僕は次の世代の社会の研究に没頭しています。明日の世界です。僕の提唱する体制は、十章から成立しその説明をします。研究は終わっていないし、僕の結論は残念なことに出発点と矛盾しています。無限の自由は無限の専制に達します。これが展開です。しかし、解決はこれ以外にはない。もちろん、この矛盾は僕を絶望へ導きました。が、重ねて言う。他に解決の道はありません。説明には十日を要します。』

ウィルギンスキー
『 笑うな!  彼の公式はこうだ。人間を二分する。十分の一の人間が絶対権力を持ち、残りの十分の九、つまり、羊の群を支配する。彼らは改造を重ねて原始的な無垢の状態に達するだろう。いわば原始の楽園(エデン)のようなものだ。労働はさせられますがね。皆さん、シガーレフは謙虚です。彼は人間性から出発して科学に向かいます。彼は人間性の問題を解決した。』

本当に?

シガリョフ
『 こうして、私は平等を手に入れる。人間は奴隷の状態では平等です。他に平等はありえない。平均化が必要です。教育と才能の水準を下げてゆくのです。才能あるものは向上を願うから、不幸だがキケロの舌を切り取り、コペルニクスの目を潰す必要がある。以上です。私が提唱するのは天国です。

◆ 画面での主な登場人物については、メガネをかけて、部屋の片隅に静かに身を隠すように影のように立ちすくんでいる物静かな青年が汎スラブ主義者の【シャートフ】です。ちょうど、【シガリョフ】という小太りのメガネをかけて男性で、社会体制についてみんなの前で論じている人物の後方の部屋の片隅にいる青年です。

◆ 彼はこのサロン会議の中で、【ピョートル】と言う人物によって、仲間を官憲に密告する裏切り者の策略にはめられて、最後はこのサロン会議に集まった【ピョートル】に心理誘導された仲間達に集団リンチにあって、最後は射殺されてしまう人です。ちょうど悪霊の映画のパンフレットの後ろ姿の男性が【シャートフ】なのです。

◆ 【ピョートル】は、このサロン会議の中では、自分の伸びた爪を切るために挟みがほしいと女性に声をかけている人物です。そしてこの【ピョートル】の思想と行動様式が、ドストエフスキーの【悪霊】の典型的キャラクターとなります。場面の中では、【シャートフ】を罠にはめるために、参加者達を心理誘導して段々と【シャートフ】が官憲に密告するかもしれない裏切り者であるというマーキングを行ってゆくのです。

◆ そして、その【ピョートル】の右側に座っている長身の美男子が【スタウローギン】です。このサロン会議の後で、【シャートフ】に罠をかけて殺そうとしていると【ピョートル】を非難しますが、彼は地主階級の人間なのです。そして実は【シャートフ】は、そんな【スターウローギン】の家の農奴だったのですが、【スタウローギン】から、ロシアメシアズムと汎スラブ主義を教え込まれた人物です。

◆ そもそもこのサロン会議に集う人間達は、あるスイスにある革命組織の下部組織にあたる末端組織とされていて(現実は存在しない、少人数の組織だった。)ロシア官憲に密告されてしまうと、ロシアの農奴制を破壊しょうとする反体制社会運動として、秘密警察によってシベリア送りにされるので、みんな参加者はシベリア送りとなることを内心恐れていたのです。だからこの会議も、表向きは、誕生会や宴会を装いながら、集まっているもので、当時は、結社や組織の自由はなく、秘密組織による秘密会議がばれれば、全員がシベリア送りとなってしまう状態だったのです。

◆ もちろん、この動画だけては断片的な場面ですので、その全体像は掴めませんが、悪霊の化身である【ピョートル】の行動様式を分析してゆくと、彼は策略家であり、集団や組織の中で彼は、人々を心理誘導したり、マインドコントロールしたりして、知らずの内に、悪の方向に向かわせて汲みこんでゆくという才能にたけている人物であるということがわかってきます。心理誘導がとてもうまいのです。そしてそれに仲間達は誘導されて犯罪を犯してゆくです。つまり、ここで述べられている【悪霊】とは、心理誘導術やマインドコントロール術が悪霊の持つ側面の一つとして表現されているのです。

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◆ 上記は、リチャード・コシズミ氏の有名な動画ですが、この動画の中で述べられていることは、本来社会の中で善を希求ければならない宗教団体の中に、ドストエフスキーが19世紀末に警告しているように、北の流れに起源を持つ【悪霊】が巣食っていると言う日本の巨大宗教団体の社会病理を世間に明かにした人であり、ドストエフスキーが予測したことが、さらに大きな形で、さらにその予測を遥かに超えて日本の社会の中で起きてしまったのです。

◆ 今日においてドストエフスキーの警告する【悪霊テロリスト及びテロリストの論理】は、オウム真理教や創価学会の組織宗教のように、宗教団体という治外法権のような特権を利用して、本来、社会的善を希求する組織である宗教団体の組織の中に【悪霊・テロリスト予備軍】が巣食う形を取っている。サーティンキューのような政治・オカルト的キャラクターは、大本の宗教組織によって、ダミーの予備軍として育成されているのかもしれない。

◆ 上記コシズミ氏の動画の中でも述べられているように、創価学会の中核に位置する【悪霊】の起源と流れは、現在の韓国の済州島で起きた虐殺事件から始まっている。もともと済州島とは、韓国本国から罪人や反体制派の人間達が中央政府から送られてゆく流人の島であるという歴史的背景があったとされる。そのために済州島の島の人々は、韓国本国に対しては、あまり好感を持っていなかった。

◆ そしてそのような歴史的背景に目を付けて、北朝鮮が済州島の人々のオルグ化を図ってきたとされている。つまり済州島民の共産化が北朝鮮によって進められてきたのです。そのような中で、韓国の李承晩政府は、済州島のオルグ化を阻止するために、済州島に軍を派遣して、島民の内の六万人を虐殺すると言う暴挙に出たのであり、それが済州島4.3事件である。

◆ そしてこの事件によって、オルグ化された済州島の人々の多くが、日本の大阪に亡命をしたのです。何故なら、大阪には、この事件が起きる前から半島の人々のコミュニティーが大阪にあったからであり、そのような済州島から来たオルグ化された流れを持つ人々を、戦後の創価学会の組織が吸収して、その中核を占めるに至っていると動画の中でコシズミ氏が指摘しています。

◆ そのようなことで、どうして創価学会の体育祭や文化祭の様式が北朝鮮のものと似ているのかというと、それは偶然の一致ではなく、そのような北の流れを受けている人々が、北の祖国を思い出して、或いは畏敬の念を持って、体育祭や文化祭を通して、創価学会の内実が実は北朝鮮の流れを汲んでいるのだということを内外に文化祭の姿を通して発信してきたとも解釈できるということなのです。

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日本共産党と創価学会との合意についての協定

◆ 上記は、1974年に日本共産党と創価学会との間に合意された創共協定についてのウィキペディアの説明ですが、すでにあの当時から、創価学会は、自らの支持政党である公明党の意向を完全に無視して、ソンテジャク氏が共産党書記長宮本顕治氏と作家の松本清張氏を介して個別会談を行って決めてしまったと言う経過を見ると、その大きな理由の一つに、コシズミ氏が指摘されたようなオルグ化された北の流れを受けた人々が創価学会の中枢に存在していたということの一つの事象になっていたのかもしれません。この協定の真意は、いったい何であったというのでしょうか・・・・・

◆また、下記ブログの研究・報告書の中には、次のような指摘がなされている。

『 略・・・・・話は過去に遡る。池田大作(正確には昭和27年に戸籍上、正式に変名するまでは池田太作が正しい)は東京大学の過激な左翼思想に被れたある非常に有能な人物(T氏とする)が運営する読書会に属していた。T氏はGHQとも繋がりがあった。池田太作が戸田城聖氏の下に入社することはT氏から勧められたらしい。 』

 この記述が真実?! (筆者は、元脳外科医で精神科医の医師らしい・・・) であるのならば、ソンテジャクは、若い世代に東大の過激な左翼思想を学んでいたことになり、キャラクターの大本には、悪霊達の危険思想の洗礼を受けていたということである。 下記のブログには、創価学会の中心核が、ドストエフスキーが指摘・警告していた【悪霊】であり、その実体がどのような姿をしているのか、具体的によくわかる。それは普通の日本人とは、全然精神構造が違うのであり、まさにドストエフスキーが警告する悪霊に憑かれた人々であるということです。


創価学会内部改革派憂創同盟・戸田城聖氏は何故、アルコール依存を克服できなかったか?http://sky.geocities.jp/mifune008/000k51.htm

創価学会内部改革派憂創同盟・三船小仏、日本を憂う
http://sky.geocities.jp/mifune008/000z0.htm

◆ そして、オルグ化された北朝鮮の流れを汲むドストエフスキーが【悪霊】の中で指摘警告してきた人々が、創価学会の組織に受け入れられて、組織の中核を占めて、表向きは日本国憲法に守られた宗教団体の仮面をかぶりながら、裏の世界では、ドストエフスキーが警告してきた【悪霊】としての活動をしているというこなのです。

◆ そして七百万世帯の創価学会の信者は、この北朝鮮起源の【悪霊】達に、マインドコントロールをされながら、本当にその【悪霊】達の意志と一体となって動いているというのが、今日の創価学会七百万世帯の姿となっているということなのです。北の悪霊に支配コントロールされているこの姿を、私達はどのように解釈したらよいのでしょうか。どうしてこんなことになってしまったのか・・・この原因はいったい過去の何が原因となって起きてきていることなのか・・・

◆ それではどおして、仏教のそれも法華経の信仰者の宗教団体が、ユダヤ教が変貌した形でもある共産主義体制の組織力学が生み出す『悪霊』達にマインドコントロールされなければならないのだろうか・・・・日蓮の教えを信仰する宗教団体が、ユダヤ教が変化した形態である共産主義と言う宗教が生み出す北朝鮮起源の『悪霊』達に支配コントロールされているという現実は、いったい何を意味するのだろうか・・・・

(  共産主義がユダヤ教が変化したものであり、その本質がユダヤ教そのものであるということを指摘した人に、ロシアの哲学者ニコライ・ペルジャーエフと言う人がいます。この人は、ドストエフスキーが、ロシアでユダヤ革命を起こすと指摘したいたことを受けて、ドストエフスキーをロシア革命の予言者 と指摘していました。

  ドストエフスキーは、反ユダヤ主義者であり、当時からロシア国内において、金融資本の援助を受けてユダヤ人達が、共産主義革命を起こすことを鋭く見抜いていたのかもしれません。共産主義には、ユダヤ教的側面があり、その流れが、北朝鮮の宗教であるソンテジャクの創価学会の総体革命論や組織力学論の中に入っているのかもしれません。或る意味で創価学会の本質とは、ユダヤ教であり、ユダヤ教の【ドストエフスキーが指摘している悪霊】と深層・精神分析ができるのかもしれません。)

◆ しかし、彼らの末路は、ドストエフスキーがルカによる福音書を通して説明しているように、豚の群れに入った【悪霊】は、集団で河に飛び込み自滅する運命にある。私たちは、【サーティンキューと言う悪霊】と共に自滅する必要性はないのだから、このような政治的カルトブログに影響を受けてはならない。


◆ 下記は上記映画ドストエフスキーの【悪霊】の最後の場面から、元大学教授のステバン氏が、リーザに語った最後の言葉。

ステバン氏
『 リーザ、お聞きあれは何だ?豚の啼き声か? 福音書にすばらしい一節があったね。第八章第三十二章だった。読んでおくれ。』

リーザ
『 山の多くの豚の群れ、草をはみていたりしが、悪霊どもその豚に入らんことをイエスに願いいでて赦されたり。悪霊人を出て豚に入りたれば、豚の群れは山から湖へかけており溺れたり。飼い主ども、このさまを見て逃げ、街にも里にもふれ回り、人々この出来事を見んとて、イエスのもとに来たりて、悪霊を出たる人、衣服をまといイエスの足元に座し正気なるを見ておそれあえり。』

ステバン氏
『リーザ、この一節はいつも私の考えの中心だった。今一つの考えが浮かんだ。そうだ。その病人から出た悪霊どもは、傷であり、不潔物であり病気であり、それがロシアなのだ。その不潔物は、体の外に出て豚の中に入ったのだ。私は言いたい。私達、私の息子や他の者、悪霊に取りつかれ、そして亡びる。だが、病人はなおってイエスの足元に座る。そしてロシアは治るだろう。』

◆ ドストエフスキーについては、【ロシアの声】の中で簡単な説明がなされていますのでご参照ください。

『・・・・流刑はドストエフスキーの人生を画す一大転機となった。彼の世界観は変った。かつての少壮革命家は、旧懐の「暴力による社会改革」という考えを捨て、「いかなる目的によっても、たとえそれがどんなに高邁な目的であっても、暴力は正当化されない」との結論に達した。人々を、その意思に反して、幸せになるように強制することは出来ない!

 不正と非人道に対するための暴力は、同じだけ不正かつ非人道的なものとなる。倫理的、道徳的な一線を越えたとき、人は自らを喪失し、魂を迷わせてしまう。作家は、人はキリスト教的価値を基礎とした内的自己完成によってこそ幸福を得る、と確信するに至った。代表作の『罪と罰』、『白痴』、『悪霊』、『カラマーゾフの兄弟』には作家のこの思想が描かれている。』

『ロシアの声より狂熱の作家ドストエフスキー』より

◆ 下記の動画は、ポーランドの有名な映画監督で、ドストエフスキーの『悪霊』を映画化したアンジェイ・ワイダ監督と日本の浮世絵・北斎について語られている、恐らくNHKで放送された番組の一部であると思われます。また、下段の動画は、アンジェイワイダ監督 【カティンの森】です。

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◆ 氏は、ヨーロッパのポーランドの映画監督ですが、日本の浮世絵の世界観に若い時に大きな影響を受けており、上記の『悪霊』の映画の中でも、次のようなことを登場人物を介して述べられています。また下記の記念切手は、【国際文通習慣】の【北斎・神奈川沖】の記念切手です。

『 聞いてくれ! シェクスピアが石油缶より重大かどうかが問題だ・・・重大なのだ。シェクスピア、ラファエルは、社会主義や化学よりも優れている。すべての上に立つ。人類は英国人がいなくてもすむ。ドイツ人やいわんやロシア人も。パンや化学がなくてもかまわぬ。

 だが人類は、美なしにはすまない。科学自体が美なしには存在できない。これが偉大な秘密なのだ。美がなかったら地上になすべき事は何もないだろう。』(元大学教授のステバン氏が、汎スラブ主義者のシャートフに述べた言葉)



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( それはつまり、ペテルブルグを中心にロシアでは、西欧化・都市化が進み、そこにラスコーニコフのような都市労働者が集中して、ロシアの自然、ロシアの大地との分離・分裂は、同時にロシア正教の信仰からの分離・分裂を意味していたけれども、そのような自我意識を形成する方向に進むのではなく、聖なる娼婦であるソーニャを通してロシアの大地と一体となった信仰であるロシア正教への回帰の必要性が述べられて最後の結論として描かれています。つまり、ロシア正教とは、ロシアの大地・ロシアの自然への回帰の信仰でもあるのです。そしてこのようなことが、ノスタルジアの映画の世界には、織り込まれています。 )

    アンドレイ・タルコフスキー『映像のポエジア』より

『 私はロシア人のノスタルジアについての映画を撮りたいと思っていた。祖国を遠く離れているロシア人に起きる、われわれの民族の特有の、固有のあの精神状態について、映画を撮りたいと思っていたのである。

 私は、この仕事のなかに、私が感じ、理解している意味において、ほとんど愛国的な義務とでも言っていいようなものを見ていた。

 私は、この映画を、ロシア人の民族学的ルーツ、過去、文化、故郷、家族と友人に対する宿命的な愛着に関する映画にしたいと思った。宿命がどこに追いやろうと、彼らはこうした愛着を生涯持ちつづけるのだ。』


『 私にとってきわめて重要な意味をもっているのは、ドストエフスキーから出発しながら、現代のロシアでは十分な姿で展開していないロシアの文化的伝統である。それどころが、こうした伝統はふつう軽視されるか、まったく無視されているのである。それにはいくつかの原因がある。まず第一に、この伝統が唯物論と原則的に敵対しているからである。
 
 もう一つの原因は、ドストエフスキーの主人公たちならだれでも体験した、あの精神的危機である。ドストエフスキー自身と彼の後継者たちに霊憾を与えたこの危機が、警戒心を呼び起こしているのだ。なぜ現代ロシアにおいて、この<精神的危機>の状態が、これほどまで恐れられているのだろうか。』


 『タルコフスキー 若き日 亡命そして死』㌻207より

 タルコフスキーは、意識的な苦悩者でした。彼はドストエフスキーに心酔し、その思想を吸収して育ったのです。彼の作品には、研究し、学び、考え、苦悩する芸術家ドストエフスキーが形を変え表されています。タルコフスキーを通してドストエフスキーが表現されているのです。そしてその他のロシアの文化、歴史、言語、後にはヨーロッパやアジアの文化の融合されたものが表現されていますが、中心にあるのは常にドストエフスキーです。トルストイではなくドストエフスキーなのです。

 タルコフスキーは、悲劇的な時代の到来を感じるとよく言っていました。そして自分が予言者の台にのぼり、近づきつつある終末について警告しなければならいと考えたのです。そこには彼の裁判官、予言者としての姿があります。我々は罪に汚れ、報いをうけるそんな聖者の教えを伝えています。すべての物質的なものに汚された私たちは、再び創世記の人間のように裸になり、清められる必要があり、そしてあらたにやり直さなければならないというものです。彼の作品の複雑な部分を取り除き、わかりやすくすると聖書にたどりつくのです。


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◆ ドストエフスキーの汎スラブ・土壌主義から言えることは、 私たち人間の思考は、自然の世界から遊離・分離分裂してしまうと感性が狂いだし、その結果知性や思考が狂い出し【悪霊】と化す。だからその場合には、もう一度自然の世界・ふる里の世界に私たち人間は回帰し、感覚・感性を正さなければならない。 そして、ドストエフスキーは、反共産主義・反ソビエトを代表する、もっともロシアの中でもっともロシア的
且つユーラシア的な作家であり、ロシア正教の流れを汲む人間であり、このドストエフスキーに影響を受けて、その魂の世界を映像として残した人が、共産主義国ソビエトの社会体制と闘って亡命を余儀なくされたアンドレイ・タルコフスキーでもあるのです。でもどうして『美』が世界を救うのだろうか・・・美とは、自然界の美と言う意味なのだろうか・・・・そしてそれは自然の色彩表現である浮世絵の優美な色彩の世界なのかもしれない・・・

◆ 参考資料・HP
元ソ連外交官が語る 「ロシア-ユダヤ闘争史」の全貌
http://inri.client.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fhb500.html


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(上記書籍は、青土社【タルコフスキー 若き日 亡命そして死】編者 馬場朝子)

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プロフィール

水と木の精霊の守り人

Author:水と木の精霊の守り人
 浮世絵の中に描かれている宗教・歴史・信仰・民俗学・古典などに深い関心があり、『精霊の守り人』のファンです。また、浮世絵の影響を受けたフランス印象派やジャポニスムに関心を持っています。
( Impressionnistesとは、正しい翻訳では、印象派と訳すのではなく、フランスの浮世絵師と訳すのが正しい翻訳であるそうです )
特に浮世絵の研究者でもあり、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士のファンの一人です。博士の講演の中で、ジャポニスムとは、日本趣味ではなく正しくは、~イズム(ism)とはその人の生き方・精神を顕わして日本趣味ではなく、日本主義と訳すのが正しい翻訳であるそうです。また内部被曝問題に関心があります。日本GAP・アダムスキーやオムネク・オネクに関心を持っています。

◆ このファンサイトの主旨
 
 このファンサイトは、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士の個人的・非公式非公認ファンサイトです。これまで博士の芸術論講座や講演会に筆者が参加して、個人的に主観的に思ったこと考えたことが書かれています。ですから客観的な公式・公認の情報ではありません。

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