五井野正 博士ファン倶楽部  浮世絵と印象派を通して学ぶ自然世界

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日本の不可思議な歌舞伎・民俗学の世界                               泉鏡花・夜叉ヶ池の龍神信仰

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◆ 以下の文章は、ウィキペディア・夜叉ヶ池からの引用となりますが、昔、泉鏡花の『夜叉ヶ池』と言う映画(主演・歌舞伎役者の坂東玉三郎 )があり、大変印象深く記憶が残ったことがありまjす。また同じ泉鏡花の作品には『天守物語』があります。ともに日本の文化の古層の世界にある不思議な世界を描いており、深く記憶に残ったのです。そのようなことで断片的な映像となりますが掲載することにしました。

◆ また掲載されている浮世絵は、祇園祭礼信仰記の中に出てくる雪姫なので、夜叉が池とは直接関係のないものですが、ともに龍神信仰を顕しているものなので、動画と組み合わせてみました。この浮世絵の中では、その白雪姫が滝の流れの中に、クリカラ丸と言う宝刀をかざすと、その宝刀の霊力によって、龍神の姿が滝の流れの中に示現するという歌舞伎のシーンを描いたものです。

夜叉ヶ池の伝説
 817年(弘仁8年)、この年の美濃国平野庄(現岐阜県安八郡神戸町)は大かんばつに見舞われ、あらゆる作物は枯れる寸前であった。ある日、郡司の安八太夫安次は、草むらの中に小さな蛇を見つけ、ため息まじりで、「もしそなたが雨を降らせるのなら、私の大切な娘を与えよう。」と語った。

 するとその夜、安次の夢枕に昼間の小蛇が現れ、「私は揖斐川上流に住む龍神だ。その願いをかなえよう。」と語った。すると、たちまちのうちに雨雲がかかって大雨が降り、作物は生き返り村は救われた。

 翌日、約束どおり娘をもらう為、小蛇( = 龍神)は若者の姿に変えて安次の前に現れた。安次には3人の娘がいたのだが、安次が娘たちに事情を話すと、一番心がやさしい次女(三女の説もある)が、「村人を救っていただいたからには、喜んでいきます。」と答えた。驚いた安次は、「何か必要な物はないのか。」と問うと、娘は、「今、織りかけの麻布がありますから、これを嫁入り道具にいたします。」と答えた。

 こうして娘は龍神の元へ嫁ぐことになり、麻布で身をまとい、若者( = 龍神)と共に揖斐川の上流へ向かっていった。

 数日後、心配した安次は、娘に会う為に揖斐川上流へ向かった。やがて、揖斐川上流のさらに山奥の池に龍神が住むという話を聞き、その池にたどり着いた。安次は池に向かい、「我が娘よ、今一度父に姿を見せておくれ。」と叫んだ。すると、静かだった池の水面が波立ち、巨大な龍が現れた。龍は、「父上、これがあなたの娘の姿です。もうこの姿になったには人の前に現れる事はできません。」と告げ、池の中に消えていった。


池の畔にある奥宮夜叉龍神社
 
 安次は龍となった娘を祀る為に、池のほとりと自宅に、龍神を祀る祠を建てた。

 この娘の名を“夜叉”といい、池の名を娘の名より“夜叉ヶ池”と名づけたという(娘の名は不明で、後から池の名から“夜叉”とおくられたとの説もある)。

 安八太夫安次の子孫は現在も岐阜県安八郡神戸町に健在であり、今は石原姓を名乗っている。岐阜県安八郡神戸町大字安次にある自宅には、安八太夫安次と夜叉を祭る夜叉堂がある。夜叉堂参拝する際、個人宅の為、事前に連絡し予約が必要である。

 また、夜叉姫は、夜叉龍神社にて夜叉龍神という名で祀られている。

 もう一つの伝説

 福井県にも良く似た伝説がある。こちらの伝説では、越前国南条郡池ノ上の弥兵次という豪農が主人公である。内容は岐阜県側に伝わる伝説とほぼ同じである。夜叉ヶ池伝説は古くから伝わっており、これを題材とした泉鏡花の戯曲『夜叉ヶ池』(岩波文庫ほか)もある。



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◆ 今様浄瑠璃は、桃山晴衣さんの梁塵秘抄の曲の中の『夜叉が池』に因んだものです。

◆ また下段には、浮世絵の今様押絵鏡がありますが、この【今様】を歌い伝えたのは、クグツや遊女などの流浪するジプシーのような芸能の民でした。後白河法皇は、彼女たちより【今様】を学んだようです。また梁塵秘抄には、様々な法門歌が読み込まれて伝えられていたのです。そのようなことで梁塵秘抄の歌の音韻とはどのようなものであったのか、多くの人々が関心を持っているようです。

◆ また桃山晴衣著の『梁塵秘抄・うたの旅』の中には、この龍神伝説の由来について史実的な事柄が述べられていますが、それによると夜叉ヶ池に伝わる龍神伝説の源には、平治の乱によって平家に追われていた源頼朝青墓にまつわる夜叉姫の史実があるようです。

◆ 上記書籍によると、頼朝を匿った青墓の長者延寿の娘である夜叉姫は、頼朝と同じ源氏の血筋の女性であるが、自らの青墓の家で、それも自分の目の前で、頼朝が平家に捉えられて京都に護送されて死刑となると知り、絶望のあまり、近くを流れる川に身を投げて死んでしまったという実話が残されており、その夜叉姫の魂が、その川の源流にあたる山頂の池に遡ってその池の主となったために、その池を夜叉姫の池ということで、夜叉ヶ池と呼ばれるようになったということです。

◆ そしてその夜叉姫の実話がその後に夜叉ヶ池の龍神伝説になったと言われているようです。また泉鏡花は、福井県側に伝わっていたその伝説を拾い上げて戯曲に書きあげたようです。

◆ また桃山晴衣さんは、日本の平安末期から鎌倉・室町までに流れていた日本の古層の女性の芸能の民の流れを受けている人のようであり、歩き巫女の人のようであり、琵琶法師の流れを組む人のようでもあり、日本の平安時代の仏教思想は、梁塵秘抄という歌の形に変化して流されてきたものを、再びその流れを今様の感性で汲みとって、その時代の感性の世界を再生させようとしている人のように思えてきます。あくまでも個人的見解にすぎませんが・・・
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水と木の精霊の守り人

Author:水と木の精霊の守り人
 浮世絵の中に描かれている宗教・歴史・信仰・民俗学・古典などに深い関心があり、『精霊の守り人』のファンです。また、浮世絵の影響を受けたフランス印象派やジャポニスムに関心を持っています。
( Impressionnistesとは、正しい翻訳では、印象派と訳すのではなく、フランスの浮世絵師と訳すのが正しい翻訳であるそうです )
特に浮世絵の研究者でもあり、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士のファンの一人です。博士の講演の中で、ジャポニスムとは、日本趣味ではなく正しくは、~イズム(ism)とはその人の生き方・精神を顕わして日本趣味ではなく、日本主義と訳すのが正しい翻訳であるそうです。また内部被曝問題に関心があります。日本GAP・アダムスキーやオムネク・オネクに関心を持っています。

◆ このファンサイトの主旨
 
 このファンサイトは、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士の個人的・非公式非公認ファンサイトです。これまで博士の芸術論講座や講演会に筆者が参加して、個人的に主観的に思ったこと考えたことが書かれています。ですから客観的な公式・公認の情報ではありません。

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