五井野正 博士ファン倶楽部  浮世絵と印象派を通して学ぶ自然世界

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今昔・白樺派の風景探訪 新しき村・白樺派文学館

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◆ 以前に白樺派有縁の地である埼玉県の毛呂山町にある武者小路実篤が開拓した『新しき村』と初期の白樺派の人々が移住した千葉県我孫子市にある『白樺文学館』を訪れたことがありましたので、その時の風景について掲載したいと思います。雑誌は以前に相当昔に一度訪問した時に購入したものですが、表紙に描かれている絵がとても情緒があるので掲載してみました。

◆ 日本の明治以降の社会では、西洋文明によって近代化が富国強兵で社会体制として推し進められてきた経過があってそのような近代化の流れに抵抗して自然世界への回帰を進めてゆく社会運動と言われるものが日本にはなく、白樺派の人々が行ってきた『新しき村』の社会運動は、明治以降は日本の歴史の中でも、大変に貴重で稀有な人々であったということを改めて思わざるを得ないと感じるのです。(先日の信州での五井野正博士の講演会の中でそのような話がありました。)もちろん白樺の人々は、ヴィセント・ファン・ゴッホを日本に紹介して世間に広くその存在を広めてきた人々です。


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◆ 上記の湖と言うか沼は、千葉県我孫子市にある手賀沼の風景です。実はこの湖沼に初期の白樺派の人々が移り住んで一つの芸術村を形成していました。でもどうしてこの湖沼に移住をしてきたのか、ずっとその理由がわからなかったのですが、いろいろと調べてゆく内に、初期の白樺派の人々はドイツのユーゲントシュティール(ドイツ版アールヌゥボー)の芸術家であるハインリヒ・フォーゲラーという人の影響を大きく受けていて、フォーゲラーが作り上げていた芸術村もやはり湖沼の近くにあったのです。

◆ ですからフォーゲラーの芸術村と同じような自然の情景の場所ということで、この手賀沼の小高い丘の上に、白樺派の人々が移り住んで来たということで、白樺派の初期の人々は少なからず、ドイツにあった芸術村の影響を受けていたのです。そしてこの手賀沼と言う湖沼を拠点として、後の武者小路実篤の新しき村の計画が始められたようなのです。

◆ 下段の図録は、ハインリヒ・フォーゲラー展の図録ですが、フォーゲラーの芸術村には、白樺の樹林があって、フォーゲラーは自らの館を白樺の館と呼んでいました。日本の白樺派と言う名称が何に由来したのかということについては、初期の仲間内で、白樺の名前が出て、仲間がみんなで同意したようなことが書かれていますが、初期の同人達は、ドイツ語が堪能なドイツに影響を受けてきた人々であったので、このフォーゲラーの芸術村の白樺の館の影響を受けていたのではないかと思っています。そしてそのような人々がこの湖沼に移り住んで来たのではないかと思います。下記の図は、フォーゲラーが日本の白樺派の人々に送った白樺派のロゴーマークのデザインです。

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■ 上段のヴィセント・ファン・ゴッホの『向日葵』は、白樺派美術館のために神戸の実業家が購入したもので、現物はすでに戦災で焼失してしまっています。上記は美術館の消失した現物の複写によるコピー記録画像のようです。新しき村の白樺美術館には、現物のコピー画像が飾られていました。


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水と木の精霊の守り人

Author:水と木の精霊の守り人
 浮世絵の中に描かれている宗教・歴史・信仰・民俗学・古典などに深い関心があり、『精霊の守り人』のファンです。また、浮世絵の影響を受けたフランス印象派やジャポニスムに関心を持っています。
( Impressionnistesとは、正しい翻訳では、印象派と訳すのではなく、フランスの浮世絵師と訳すのが正しい翻訳であるそうです )
特に浮世絵の研究者でもあり、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士のファンの一人です。博士の講演の中で、ジャポニスムとは、日本趣味ではなく正しくは、~イズム(ism)とはその人の生き方・精神を顕わして日本趣味ではなく、日本主義と訳すのが正しい翻訳であるそうです。また内部被曝問題に関心があります。日本GAP・アダムスキーやオムネク・オネクに関心を持っています。

◆ このファンサイトの主旨
 
 このファンサイトは、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士の個人的・非公式非公認ファンサイトです。これまで博士の芸術論講座や講演会に筆者が参加して、個人的に主観的に思ったこと考えたことが書かれています。ですから客観的な公式・公認の情報ではありません。

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