五井野正 博士ファン倶楽部  浮世絵と印象派を通して学ぶ自然世界

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北欧神話・ラインの黄金・富と権力の都市文明の黄昏の世界                               ノイシュヴァンシュタイン城と新宿副都心

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◆ 上記の画像は、ドイツのバイエルン国王ルードリッヒ二世が築城したノイシュヴァンシュタイン城の画像です。(城の後方に青白く輝いている山々がアルブスの山脈であり、城の後方にはアルプ湖と言う湖があります。この城がドイツロマンチツク街道の終点となるようです。)この白亜の城の姿は、現在ではディズニーのお伽の城ということでシンボルマークとなってしまっていますが、(ディズニーがこの城をシンボルマークとして使っていることで、もともとは錬金術・資本主義による世界権力を求めるもの達が内部崩壊してゆくという北欧神話の世界観が封印されてしまったと思う。)もともとは19世紀のドイツの音楽家ウァーグナーのニーベルングの指環などの北欧神話をテーマとした音楽と劇をミックスさせたドイツ版の歌舞伎に魅了されたルードリッ二世が国費を投じて築城したお城です。

( もともとニーベルングの指環の中のワルキューレ騎行は、ヴァーグナーが雪に覆われたスイス山岳世界【リギ山ピラトゥス山など】を徒歩で登山して、その中で霊憾を受けて作曲したもので、そこには高山世界の冷たい青い美しい世界がある。アメリカの映画監督が、ラインの黄金と言う世界の富と権力を支配しょうとする国際金融資本主義の問題を消すために、この曲が悪用されてしまった。上記は、富と権力を生み出し行くラインの黄金の指環の呪いの世界の中で、本当の真実に気付くワルキューレの一人、ブリュンヒルデのように感じられます。


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 上記は、リギ山から見たアルプスの風景、下段はピラトゥス山から風景。ワーグナーは、チューリッヒ亡命中に、スイス山岳の登山を案内人を雇って行っていたようです。そしてそのようなアルプスの高山の体験からワルキューレなどの曲の霊憾を受けたとされているのです。またこれらのスイスの高山には、様々な伝説や伝承がありました。

参考資料( スイス・リギ山及びピラトゥス山の伝説

スイス山岳農民の宗教世界

 もともと19世紀には、スイス山岳世界は、キリスト教思想によって魔の山の世界とされてきたが、フランスに始まるジャホニスムの影響によって、美しい自然世界がキリスト教倫理から解放された。上段の神話的な絵図は、【ニーベルングの指環】に出てくるジークムントとジークリンデの兄妹、そして左側の巨樹のわきに出現したのが、ワルキューレの一人のブリュンヒルデ。彼女は父であるオーディンの命令に背いて、兄妹の愛の強さに心を討たれて、ジークムントを勝たせてしまう。そのことにより彼女は、父であるオーディンの怒りに触れて神性をはく奪され、神々の世界から永久追放されて、人間の女性として生きる運命となった。
)

◆ 19世紀のあの時代に築城するなど、当時では時代錯誤的ないろいろ問題がある国王によって個人的趣味によって築城されたものですが、現在では、今こうして見るととてもすばらしい自然の景観の中に城が建てられており、神秘的で幻想的な世界を作りだしているのです。確かにルードリッヒ二世にはいろいろと問題があるにせよ、その作りだした美の景観の世界は、上記のような自然の中に溶け込んでいるお伽の世界なのです。

◆ 下段の画像は、日本の錬金術の世界の象徴である現在の東京の新宿副都心の姿です。ここには自然な世界もお伽の世界もありません。全てが灰色になってしまいました。江戸時代末期に日本を訪れた外国人は、日本とは、小さく美しいお伽の国であり、不思議の国のアリスのような世界であると述べていました。その時に日本をお伽の国と見ていた視点とは、実は現在の日本人がドイツの上記のような白亜の城やドイツロマンチック街道を見てお伽の世界と感じることと同じような感覚であったのではないかと思います。


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◆ しかし、現在の私たちの住む日本の国は、江戸時代末期に日本をお伽の国と見ていた外国人が見た不思議の国の世界は完全に消滅してしまい、お役人達の発想によって自然が整備され破壊されて、いつの間にかお役所が自然を管理するに従って灰色の世界が産まれてきました。そしてその中で生きている私たちは、自然の世界から分離してしまい、お金と言うユダヤ化された世界の中に生きています。そして日本人は、自分達がユダヤ化された人間であることにまったく気付いていないのです。

◆ 人間のユダヤ化とは、人間が自然から分離されて、自然の世界の中で、自然を感じて生きてゆくのではなく、ユダヤ資本が作り上げた虚構な貨幣と言う数字の世界の中で生きるようになること。簡単に述べると銀行の預金通帳の数字の世界の中で生きる事。このような人間が自然から分離分裂して、貨幣の数字と言う物の影の世界に人間の意識が組み込まれてしまうことを、人間のユダヤ化と呼び、19世紀のドイツでは、自分達がユダヤ化され物象化されてしまうことに気付いていた。そのために、本能的に若い世代を中心に、ドイツ人にとってふる里でもある自然の森の世界に都会から自然に回帰してゆく運動が流行のように他の世代にも広がり、それが19世紀後半のドイツのワンダーフォーゲル運動の姿となったのです。それは自然な森や山々の世界に回帰してゆく運動であり、都市文明に対する抵抗運動であったのです。

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◆ ドイツには、このような民俗文化の中に汎神論の信仰が根付いており、今日で言うところのエコロジーの思想があったということです。そしてそのエコロジーの思想とは、神話の世界であり、その神話の世界とは、自然の五行の世界に基づいています。たとえば、北欧神話の世界についても、それは木・火・土・金・水の要素で表現されています。そしてその始まりは、宇宙樹・世界樹の木の世界と深い繋がりがあるようなのです。でも私たちの住む日本では、明治以降の近代化した世界の中で、自然の世界に戻るための抵抗運動の流れという歴史や感性がないのです。不思議なことのように思えます。

◆ しかし、私たちは今、この二つの画像を比較することによって、現在の骨の髄までユダヤ化された私たち日本人とドイツ人の持っている自然観が全然違うことに気付いてきます。もちろん、このような比較には相当無理があることはよくわかりますが、あの時代にこのような城を築城したルードリッヒ二世は、精神的に異常な人であり、そのために幽閉されてしまった人が作りあげた城なので評価できないと思う人が多いと思われますが、それでは下段の日本の自然がないゴミだめの世界を作り上げた現在の私たち日本人とは、ルードリッヒ二世が夢想家で狂人であるとしたら、現在の私たち日本人の感性とは、なんと表現したらよいと言うのでしょうか・・・

◆ 上の画像の空想の神話の世界よりみれば、下の画像の現実の世界は、ゴミだめの世界であり、そのゴミダメの世界の中で、ここが反対にもっとも進歩した天国であると思って生きているのか現在の私たち日本人の感性がまともであると思えるでしょうか。ドイツの狂人の国王が作り上げた城は美しく、日本の文部科学省や日本銀行のお役人が作り上げた学校教育の教科書の世界とは、灰色のビル群の世界となっているのです。そしてその灰色の世界で生きている私たち日本人の感性が正常であると言えるものなのでしょうか・・・いったいこの違いはどこから起きてくるのでしょうか。福沢諭吉の理想とした世界の結果の世界なのでしょうか・・・

◆ 昔、私の職場の同僚の親族に画商をしている人がいて、その人のドイツの知人が、このノイシュヴァンシュタイン城の管理をしているそうで、その同僚からいろいろと話を聞かされたことがあるのですが、その画商が、この城の世界に行ってみると、これと同じレベルの美的景観の世界が日本にはなく、その画商は、そのドイツの知人を日本に招待しても、日本にはドイツのような美しい景観を持った処がないと嘆いていたそうなのです。

◆ 恐らく現在の日本人の感覚では、自然の景観に対する美意識は皆無なのです。ドイツ人と私たち日本人では、自然環境や景観に対する意識が全然違うのです。その結果、日本の中のお伽の国は完全に消滅してしまいました。結局、日本人が莫大な資金を投入して作り上げた都市の灰色の空間とは、一人の狂人の王が夢想した城の世界の持つ美的景観からは、遙かにかけ離れているのです。現在の私たちの住む日本と言う国では、莫大な規模の資金を投入しても、日本の国土の中にルードリッヒ二世が夢想したな美しい美的景観の持った世界を作ることができないのです。どんなにお金持ちの国になっても、作れるものは、後世に残せる物は灰色の世界だったのです・・・・そして最後は放射能にまみれた世界となってしまいました。
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プロフィール

水と木の精霊の守り人

Author:水と木の精霊の守り人
 浮世絵の中に描かれている宗教・歴史・信仰・民俗学・古典などに深い関心があり、『精霊の守り人』のファンです。また、浮世絵の影響を受けたフランス印象派やジャポニスムに関心を持っています。
( Impressionnistesとは、正しい翻訳では、印象派と訳すのではなく、フランスの浮世絵師と訳すのが正しい翻訳であるそうです )
特に浮世絵の研究者でもあり、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士のファンの一人です。博士の講演の中で、ジャポニスムとは、日本趣味ではなく正しくは、~イズム(ism)とはその人の生き方・精神を顕わして日本趣味ではなく、日本主義と訳すのが正しい翻訳であるそうです。また内部被曝問題に関心があります。日本GAP・アダムスキーやオムネク・オネクに関心を持っています。

◆ このファンサイトの主旨
 
 このファンサイトは、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士の個人的・非公式非公認ファンサイトです。これまで博士の芸術論講座や講演会に筆者が参加して、個人的に主観的に思ったこと考えたことが書かれています。ですから客観的な公式・公認の情報ではありません。

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