五井野正 博士ファン倶楽部  浮世絵と印象派を通して学ぶ自然世界

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映画紹介『ロートレック・葡萄酒色の人生』と              【カタリ派の苦悩を受け継ぐロートレック】


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( 下段ポスターの右側に位置している男女は、ロートレックとその愛人であるジュザンヌ・ヴァラドンです。ヴァラドンは、モデルでしたが、ロートレックだけではなくルノワールのモデルも務めていたようであり、なおかつ彼女は女流画家でもあり、シングルマザーでユトリロの母親でもある女性です。物語は、このジュザンヌ・ヴァラドンとロートレックの男女関係を軸に進んでゆきます。(ジュザンヌと言う名前はロートレックが彼女につけたあだ名のようです。この名前は、旧約聖書のダニエル書のスザンナという女性の物語に由来しており、ロートレックは、この名前を彼女に付けることによって、彼女とルノワールとの関係を皮肉ったように感じられます。)

 また上記の映像は、日本語に翻訳されていないものですが、赤い風車の雰囲気と全然違う軽いタッチで、ユーモア豊かででお茶目で道化のようなロートレックの姿が描かれています。ロートレックは、身体障害を持っていて悩んでいたけれども、道化のように機知に富んだユーモラスのような豊かなキャラクターの人だったようです。この映画のシーンの始めの映像はた、コルモンの画塾にロートレックが入門されて、ベルナールなどの画塾の人々に歓迎されて絵具で洗礼を受けるシーンです。

 それから映像に映っている槍を持つ甲冑を来ているモデルの女性が、ロートレックの愛人のジュザンヌ・ヴァラドンです。その他にムーランルージュの踊り子達や娼館(メゾン・クローズ)の女性達や愛人が出てきます。ロートレックは、そのような女性たちの住む世界で絵を描いてた人なので、それは吉原遊郭の中で花魁をモデルに絵を描いていた浮世絵師達と似ています。

◆ 物語は、アンリ(ロートレックの名前)が生まれた処から始まり、彼の父親は、狩りと乗馬と浮気性の貴族として描かれていますが、その裏返しで、母親は敬虔なカトリック教会の信仰者のようです。そして映画全体のイメージとしては、一人息子のアンリは、福音書の中に述べられている『放蕩息子』のように描かれています。やはり娯楽映画ですから、全体像としてよく解釈するのであれば、ロートレックは、ワインとカフェやナイトクラブと娼婦の世界を遍歴して絵を描くユーモアと機知に富んだボヘミヤンでアルコール依存症の放蕩息子のように見えてきます。もちろん、映画の中には、浮世絵の話も出てきますし、神主姿のコスプレマニアのロートレックの姿も描かれていますし、ジャポニストの側面も入っています。

◆ しかし、それでも彼はトゥールズ家という聖地エルサレムへ十字軍遠征を行った由緒あるフランスの名門の貴族階級であり、またその生まれは、カタリ派の中心地アルビであり、このアルビという地域にあるカタリ派は、ローマカトリック教会とは違い、今日のプロテスタントのように男女平等の世界であり、カトリック教会の権威と十字架を否定して、転生輪廻を信じて小乗仏教的な生活をしていたらしいのです。そしてそのカタリ派の中には、ナザレのイエスと結婚していたマグダラのマリアの伝承が伝えられていたようなのです。そしてそのようなキリスト教的に意味深い因縁のある地域出身の古くから続いている貴族階級の末裔がロートレックなのです。

◆ そしてロートレックそのものは、このような異端のキリスト教信仰と関係はないと思いますが、彼は、由緒ある貴族階級であり、一度、トゥールーズそして生まれた地であるアルビという名前の由来を調べてゆくと、あまりにもレンヌ・シャトーの謎やダビンチ・コードの世界と地域的に深く繋がっているようで、キリスト教の十字軍の歴史から見ると、どうして名門貴族と呼ばれていたのか、その理由がわかってきます。( この映画の中でも、ムーラン・ルージュに十字軍に参加した名門の貴族ということで畏敬の念を持って迎えられています。また様々な人々からも丁重に扱われているのです。それではどうして?と考えてゆくと、トゥールズ・ロートレックの家系の故事来歴に触れざるを得なくなるわけです。)

◆ そして何よりも南仏出身のロートレックが、ゴッホに対してそのような地域である南仏に行けと霊感を与えたのですから・・・私は何ゆえか、そこに何か目に見えない糸をまた感じてしまうのです。何故なら、伝承では南仏は、マグダラのマリアがイスラエルから亡命してたどり着いた地であり、昔からマリア伝承が残っている地域であり、そのような地にヴィセント・ファン・ゴッホを誘導したトゥールーズ・ロートレックとは、南仏地域を基盤としている貴族であるからです。 その意味では本当に映画の題名通りの葡萄酒色の人生であったのかもしれませんが、このような南仏と関係の深いロートレックの人生の中には何か不思議な関係が顕わされているとどうしても思えてきてなりませんでした。( あくまでも独断的な個人的見解として )



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( 先日の博士の芸術講座の中で、ロートレックの絵画は、唯一ルーブル美術館に作品が納められた画家であるという話があり、また映画『赤い風車』の中の一番最後のシーンにもこのことが表現されています。)

◆ ロートレックの家系の故事来歴について、元朝日新聞の記者であった砂山清さんという方が興味ある内容をブログの中で述べておられるので引用したいと思います。真意や裏付けの確証があるということではないと思われますが、アルビを訪れて、地元の人々から伝えられているロートレック家の家系の故事来歴の伝承のようです。
 
『  砂山清の「地球ワンカット」 November  24, 2004
   2004年の旅から――フランス
   とロートレック

 アルビは、エアバスなどの航空機産業でも知られるフランス南部の古都トゥールーズから、高速道路で北へ約1時間。タルン川にかかる煉瓦色の橋を見下ろす中世の街並みで知られる、落ち着いた町である。ここは、画家ロートレックが生まれ育った町でもある。でも、僕には、もう1つの興味があった。それは、13世紀に栄えたキリスト教の異端カタリ派を受け入れた町として知られているからだ。

 カタリ派は、この世を善紳と悪神に分けて考える教理と清貧な行いを奨励したことで、当時のローマン・カトリックから異端として弾圧された。イスラム教でなく、カタリ派を滅ぼすための、「アルビジョワ十字軍」が、結成され、町中が破壊と殺戮にあった。有史以来初めてのジェノサイドだったといわれるほど。

 そうした目で、この町を見るせいか、いまも、どことなく渋く、沈んだ雰囲気を醸す。山間で深い谷を抱えているせいかもしれない。町全体が、セピア調の古い家並みでまとまっている、ということもあるかも。

 ロートレックは、この町の貴族の出身だった。だが、その貴族が、カタリ派の家系で、彼が、凄惨な虐殺に生き残ってこの都市を治めていた一族の、最後の子孫だった、ということを、この町に来て初めて知った。しかも、彼は、背が異常に低く、それがコンプレックスになっていたという。貴族でありながら、パリで、庶民の歓楽街に入り浸り、多くポスターなどを描いたのも、そうした家系や、肉体的コンプレックスと何か関係があったのだろうか。』

砂山清の「地球ワンカット」
http://www.asahi.com/column/aic/Wed/d_sunayama/20041124.html

◆ この文章を読むと、どうしてロートレックの家系が近親婚を繰り返してきたのか、単にヨーロッパの貴族の慣習として、自分の貴族の血筋のランクを保つためという理由だけではなく、その近親婚をしなければならなかった歴史的背景には、この異端とされて虐殺されてしまったカタリ派が深く関係しているのではないかと思えて来てしまうのです。

◆ つまりロートレックの身体障害と言うハンディキャプの背後に、このカタリ派の歴史的問題が深く関わって、その中での近親婚と言う慣習が、このような遺伝子疾患を彼の身体に顕してしまったということであれば、なんとも言えない複雑で微妙で奥深い問題が、ロートレックの人生には反映されているのではないかと思えてきます。

◆ カタリ派とロートレックの繋がりの問題、そしてそれはダビンチ・コードの世界とロートレックの世界の繋がりと結びついてゆきますが、それはあくまでも推測と妄想の領域のレベルの問題かもしれませんが、その彼がその後、日本の浮世絵の影響を受けて、ジャポニストとなり、日本の浮世絵師のようにパリの娼館・メゾン・クローズに入り、娼婦の絵画を描き、ナザレのイエスが貧しい人々や娼婦達にも教えを説いたように、同じような構図が、カタリ派の末裔の貴族階級であるロートレックが行ってきたというのであれば、私たちはロートレックの姿の中にいったい何を発見するのでしょうか・・・・

◆ その意味では表面的には、本当に葡萄酒色の人生であったのかもしれませんが、この歴史的な家系関係の中には不思議な関係が顕わされているとどうしても思えてくるのです。それに8歳の時にロートレックがアルビから教育のために母親と始めてパリに来た時に住んでいた処が、マドリーヌ寺院の近郊で、このマドリーヌ寺院はマクダラのマリアを祭る数少ないカトリックの教会であったからです。でもどうして母親がそのようなマドリーヌ寺院近郊を選択して住むようにしたのか? 偶然のようであっても、それはそのままトゥールズ家の信仰の姿をそのまま顕しているようにも見えるのです。

◆ また追記となりますが、カタリ派の中心都市の一つペジェに対する始めの十字軍の侵攻は、7月22日のマグダラのマリアの祭日の日に決行されていて、このことから、カタリ派への弾圧とは、ローマ・カトリック教会が地下に潜って活動を継続してきたマグダラのマリアの流れを殲滅するために派遣した十字軍である色彩が強いと思われています。さらにカタリ派信仰の地域では、聖書が自国語に翻訳されて、製紙工場があって、多くの人々が識字教育を受けて、聖書の内容を理解していたとされる。その意味でも、ローマ・カトリック教会にとっては、カタリ派は潜在的な脅威であったと思われるのです。(参考文献レンヌ・ル・シャトーの謎、マグダラとヨハネのミステリー等)
 
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水と木の精霊の守り人

Author:水と木の精霊の守り人
 浮世絵の中に描かれている宗教・歴史・信仰・民俗学・古典などに深い関心があり、『精霊の守り人』のファンです。また、浮世絵の影響を受けたフランス印象派やジャポニスムに関心を持っています。
( Impressionnistesとは、正しい翻訳では、印象派と訳すのではなく、フランスの浮世絵師と訳すのが正しい翻訳であるそうです )
特に浮世絵の研究者でもあり、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士のファンの一人です。博士の講演の中で、ジャポニスムとは、日本趣味ではなく正しくは、~イズム(ism)とはその人の生き方・精神を顕わして日本趣味ではなく、日本主義と訳すのが正しい翻訳であるそうです。また内部被曝問題に関心があります。日本GAP・アダムスキーやオムネク・オネクに関心を持っています。

◆ このファンサイトの主旨
 
 このファンサイトは、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士の個人的・非公式非公認ファンサイトです。これまで博士の芸術論講座や講演会に筆者が参加して、個人的に主観的に思ったこと考えたことが書かれています。ですから客観的な公式・公認の情報ではありません。

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