五井野正 博士ファン倶楽部  浮世絵と印象派を通して学ぶ自然世界

このサイトは、個人的非公認ファンサイトです。

Entries

五井野正博士『ジャポニスムとは、日本主義である。』            清書七伊露波・あけからす・遊女浦里と時次郎

GoFoHGqibtQADB21384992901_1384992998.jpg
GoFoHGqibtQADB21384992901_1384993100.jpg
nqIEaEAQKU1zqW71390980823_1390980909.jpg
6Fvwt7wNCbHL5wT1384855715_1384855773.jpg

【 上段の浮世絵・清書伊露波・あけからす・浦里時次郎(三代・歌川豊国画 1856年 安政3年) 下段の浮世絵・見立・三十六歌撰・時次郎(三代 歌川豊国画 1852年 嘉永5年)】因みに、見立三十六歌撰・時次郎の左上に書き込まれている歌は、女房三十六歌撰の【三条院女蔵人左近・小大君】の歌で【岩橋の夜の契りもたえぬべし 明くるわびしさ葛城の神】と読まれており、この歌は時次郎と浦里の仲が成就しないことを暗示しているようです。浮世絵の背景は降り積もる雪景色です。

  浦里・時次郎について

■ 『 鶴賀若狭掾(つるがわかさのじょう)作の新内節《明烏夢泡雪(あけがらすゆめのあわゆき)》の主人公。1772年(安永1)作。浦里は親のために吉原の山名屋に身を沈めた女性。時次郎の父は田舎におり,江戸表の地頭に年貢金200両を払うような裕福な家で,家宝に小烏の名刀を持っている。息子の時次郎は浦里になじみ,年貢金を使いこみ,方々に借金をして,浦里に会えぬようになる。それを無理して山名屋へ上がり,浦里の部屋に忍んでいたが,遣手のかやに見つかり,時次郎は表へたたき出される。 』 

◆ 上記は、世界大百科事典浦里・時次郎からの引用となります。そして遣手ばばあに、時次郎が廓に金を支払わず、浦里が時次郎と廓の中で密かに密会していた処が発覚してしまい、廓の中の掟を破った浦里に対して見せしめのために縄で縛り、寒い廓の外の雪降る中で、忘八の若い衆に雪責め折檻され、それも浦里だけではなく、かむろ・みどりまでも同様の折檻をされるという物語です。そしてそのような雪降る中で、時次郎が二人の縄を解いて廓の塀から脱出しょうとした時に夢から覚めるというのが、明烏夢泡雪(あけがらすゆめのあわゆき)のだいたいの筋書きとなっているようです。

◆  また物語では、もともとこの春日や時次郎は、遊び人ではなく、物語の中では、裕福な商人の息子であるのですが、大変な堅物であったので、父親が社会勉強のために、遊び友達に頼んで、時次郎を稲荷参りに行こうと騙して吉原に誘い込みという流れがあり、そこで出会った浦里と深い仲となり、そこから廓通に嵌ってしまい、あまりにお金をつぎ込んで最後は父親から勘当されてしまい、廓に通い浦里に会うこともできなくなってしまったために、今度は浦里が廓の掟に反してお金を時次郎から貰わずに、時次郎と廓の中で密会を続けていた処を、廓の遊女の監視役の遣手ばばあにそれが発覚してしまったというお話です。ですから、上記の浮世絵の浦里・時次郎は、まだ時次郎が父親から廓通いが祟って勘当される以前の逢瀬の時期の姿なのかもしれません。

◆ もともとこの物語は、明和六年(1769年)に江戸浅草蔵前にある伊勢屋の養子である伊之助という人が新吉原蔦屋の遊女・三芳野とともに廓を脱出して、三河島の田圃で心中をしたと言う事件があり、その時に男が21歳、女が24歳ということで、世間で騒がれて二人のために比翼塚が作られたという事件を浄瑠璃作家の鶴賀若狭掾が、実名と季節などを変えてアレンジしたものが【明鳥夢泡雪】の浄瑠璃であるとであるとされているようです。

◆ 題名の【明烏】とは、吉原での遊女・花魁との長い夜の滞在時間が終わり、明け方には別離となるために、その廓から出る朝帰りのl時間帯にちょうど鳴く鳥が、鶏ではなく烏であったという意味があったようです。ですから明烏とは、吉原の廓から出る時刻を暗示しており、それは花魁や遊女との別離を暗示している言葉となります。そしてその廓から追手から逃げるために、廓の堀の壁から鳥のように浦里とかむろ・みどりを抱えて飛んだ時、雪が泡のように消えてゆくように、夢の世界から目が覚めたという物語らしいです。

◆ 下記はネット検索による関西大学リポジトリ・【「明けがらす」考 : 新内浄瑠璃の詞章・宮地敦子】さんの論文ですが、この論文の中の㌻26の2行目の『男はかねてよういの~』の記述より、下記に掲載されていますYou-Tube動画の『明烏夢泡雪』岡本文弥の浄瑠璃の語りの言葉の流れを確認しながら見てゆくことができます。

 語りは動画にもあるように最後のエンディングの場面で、廓の中で松の木に縛られて折檻を受けていた浦里とかむろ・みどりを時次郎が、廓の庭に侵入して、二人と対面して、二人の縄を切って助け出すシーンが語られています。今回、浮世絵の廓の情感の物語の世界を表現するために動画を掲載してみました。



「明けがらす」考 : 新内浄瑠璃の詞章http://kgur.kwansei.ac.jp/dspace/bitstream/10236/5144/1/321-02.pdf#search='%E6%98%8E%E7%83%8F%E5%A4%A2%E6%B3%A1%E9%9B%AA'

◆ 下記の動画も断片的になりますが、『明烏夢泡雪』のライブの一部です。詞のほうは、やはり後半最後の部分が詠われていますがかなり、文章の詠いあげが飛んでいる処もあり、正確に黙視で確認できませんでしたが、浦里時次郎の世界の内容がすぐ理解できると思われます。また現代風にアレンジしたものもこの口説きの世界の内容が感覚的に理解できると思います。

◆ これらのテーマは、遊廓の世界の心中の出来事の世界を取り上げて口説きとして詠われたものですが、やはりテーマがテーマだけに、これらのテーマを詠うことは、反対に社会風紀を乱すものとして幕府から取り締まりの対象となり、禁止されてしまったようです。しかしその流派の流れが、吉原などの遊廓の世界で共感を呼んでその世界の中で引き継がれて戦前の世界までその流派の流れが残り、そのような形態が今日の芸能界の哀歌の流れの根底にその感性があるのかもしれません。

  そしてそのような感覚は、私たち現代の日本人の感覚ではなかなか馴染みのない感覚ですが、それでも一度その言霊を聞いていると、そのような情念の世界が入り込んでくるようです。




『 新内節(しんないぶし)とは、鶴賀新内が始めた浄瑠璃の一流派。浄瑠璃の豊後節から派生したが、舞台から離れ、花街などの流しとして発展していったのが特徴。哀調のある節にのせて哀しい女性の人生を歌いあげる新内節は、遊里の女性たちに大いに受け、隆盛を極めた。江戸浄瑠璃の例に漏れず、初期には歌舞伎の伴奏音楽として用いられたこともあるが、早く素浄瑠璃に変化し、さらに「流し」と呼ばれる独特の形式を生むにいたった。吉原を中心に街頭を一枚一挺で流す新内節は、その情緒纏綿たる語り口、遊女の心情をきめこまかに描いた曲の内容から、江戸情緒を代表する庶民的な音楽として知られるところである。

  その芸風は豊後節の影響をつよくうけ、また二代目鶴賀新内が美声によって知られた太夫であったこともあって、きわめて歌う要素のつよい浄瑠璃である。曲目には、義太夫節から借りた段物、遊里の情景や心中を描いた端物、滑稽を中心とするチャリ物があるが、新内として特に有名なのは端物である。「蘭蝶」や「明烏夢泡雪」はその代表曲といっていい。(ウィキペディアより) 』と書かれています。それは、浮世絵の世界に残されている日本の歴史の古層の中に流れている流浪する芸能の民の埋もれた感情の世界であると思われてなりません。』

 

追記・補足
雑学・補考(口説き盆踊り歌)より
http://www.geocities.jp/widetown/zatsugaku_start.htm

■ 口説きについて

歌謡(長短二通りある。短いものは本来労働を統一するためにおこったもの。長いものは「口説き」といわれ、作業歌、盆踊り歌などにふくまれる。踊りと共に歌われるもので、踊り手全員が言いたいことを含んでいる、「口説き」過去の歴史や事件や人物の話などを歌い込む場合もある。子守歌、田植え歌、草刈り歌などの作業歌また酒盛り歌、盆踊り歌などがふくまれる。(社会変動と生活環境の変容―応用民俗学の試み)より引用。

■浦里時次郎口説き  

花の世界に生まれし人は 色と恋とに浮き身をやつし 
後にその名を伝うる者は 数も数えも尽きざるものよ 
中に取り分け哀れな話 通い廓の浦里時次
明けの烏の喜び鳴きを 憎むならいの後朝さえも 
別れ惜しむが互いの詰まり 今日は時次も二階を堰かれ 
家は勘当となる者からに 思い詰めたる一途の心
所詮長らえいたとて何の 何が楽しきこととてあらん 
いっそ死ぬ方がいやましであろ それにつけてもあの浦里に 
始末語りて我が亡き後に せめて回向をして貰わんと
心逸れど堰かれし体 如何にか致して逢いたいものと 
胸に手を当て思案に暮るる 鐘も哀れに無常を告ぐる 
今日限りと見上ぐる空は いとど身に沁む寒空なるに
分けて寒けく雪ちらつけば 顔を包みし手拭さえも 
恥の曝しと目深に被り 人目堰き笠気を紅葉笠 
顔を隠してうろつく上に 何か声ある二階の格子
はたと投げたるその簪の 文は確かにそれと頷き 
取る手遅りと開いてみるに 部屋に隠れてこうこうしょうと 
あるに時次はやれ嬉しやと 思う折しも禿のみどり
もしえもしえと手をもて招く 二階座敷に布団を折りて 
中へ入れたる巨立の火鉢 暫し言葉も途切れて時次 
涙抑えてこれ浦里よ そちが今まで尽くせし誠
又とこの世に有難けれど 詰まり詰まりし我が身の始末 
とても長らえいられぬこの身 これが暇じゃ我が亡き後は 
好いたお客に自由を任し もしも我がこと思うたときは
そちが口からその一返の 回向頼むと云いつつ立つを 
これさ待たんせそりゃ胴欲じゃ 詰まり詰まりしお前の身には 
皆このわしがいる故なれば 死なば諸共三途の川も
二人手を取りこれこうこうと 何故に言うては下さんせぬぞ 
わしを殺さぬお前の心 可愛いのじゃないそりゃ憎いのじゃ 
わしゃ放しゃせぬ放しはせぬぞ 共に殺して下さりませと
そのや時次に縋りて嘆く かかるところへ遣手の婆が 
様子知りしか仏頂面に あまり私を踏み付けなんす 
これで役儀が立ちますものか これさ若い衆この男ぞと
云うを聞くより六七人の 若い者どもばたばた来たり 
握り拳の雨降る如く たぶさ捉えて引きずり出すを 
そのや浦里中押し分けて これさ待たんせ時次郎さんに
何の咎とも言わせも果てず 以後の見せしめこうしてくれる 
足で蹴るやら踏みにじるやら ついに表へ引きずり出だす 
さても亭主は彼の浦里を 深雪積もりし小庭の梅に
縛りつけつつ声張り上げて 主の言いつけ守らぬ女 
他の女郎の見せしめなりと 箒おっ取り打つ物音に 
禿みどりがその手に縋り もうし旦那さん堪忍してと
云うに亭主は目をむき出だし そなたも彼奴に仕ゆる禿 
咎は同じとこれをもともに 括りつければあの浦里は 
涙ながらに声震わして それはあんまりその子に何の
罪も報いも知らざるものを あんまり気強いむごたらしいと 
云えど主人はそ知らぬ顔に 括り終わりてちり打ち払い 
これさ浦里よく聞きなされ 全てお客を大事に致し
勤め大事と思うでなくば 客を堰くことお客のために 
あのや客衆も年若なれば あまり繁々通うて来れば 
親があるなら勘当さるる 主人持ちなら主人の手前
し損のうのは知れたることよ ここの道理をよく聞き分けて 
勤め大事に奉公なさば 縄は今にも解いてやるぞ 
若い衆とも気をつけやれと 奥を指してぞ退きければ
後に浦里こわ音を立てて さても慈悲あるお言葉なれど 
思い切られぬことばかり わしは死にたい死にとうござる 
どうぞ殺して下さりませと 心焦れど身は戒めの
雪に閉じられ詮方なくも 禿みどりも寒そうな姿 
見るもいぶせき不愍な様に 胸も張り割く空いたわしや 
悪い女郎に遣われし因果 かかる難儀も堪えてたもと
云えばみどりも涙を浮かべ わしは少しも厭いませねど 
主があの様に若衆達に 打たれしゃんすがわしゃ口惜しい 
嘸はお前は口惜しかろと 聞いて浦里身も世もあらず
そなたまでしてそれその様に 主を思うておくりゃるものを 
わしが心を推量しやと 落つる涙も寒さに凍る 
凍え凍ゆる吹雪にいとど 手足凍りて千切るるばかり
見るに気もくれ語るにさえも 何と云うべき言葉も知らず 
さても男は用意の刀 口の咥えてその身を固め 
忍び忍びて屋根をば伝い 塀を飛び越え難なく庭へ
下りて二人が縄切り解き 言葉忙しくこれ浦里よ 
ここで死ぬるはいと易けれど ならば遁れて落ち行くべしと 
聞いて浦里打ち喜びつ 禿みどりは二人に縋り
わしも共にと云われて時次 そのやみどりを小脇に抱え 
遁れ出でたる嬉しき声も 鳴いて嬉しき彼の明け烏

GoFoHGqibtQADB21384992901_1384992998.jpg
GoFoHGqibtQADB21384992901_1384993100.jpg


スポンサーサイト

*Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

左サイドMenu

プロフィール

水と木の精霊の守り人

Author:水と木の精霊の守り人
 浮世絵の中に描かれている宗教・歴史・信仰・民俗学・古典などに深い関心があり、『精霊の守り人』のファンです。また、浮世絵の影響を受けたフランス印象派やジャポニスムに関心を持っています。
( Impressionnistesとは、正しい翻訳では、印象派と訳すのではなく、フランスの浮世絵師と訳すのが正しい翻訳であるそうです )
特に浮世絵の研究者でもあり、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士のファンの一人です。博士の講演の中で、ジャポニスムとは、日本趣味ではなく正しくは、~イズム(ism)とはその人の生き方・精神を顕わして日本趣味ではなく、日本主義と訳すのが正しい翻訳であるそうです。また内部被曝問題に関心があります。日本GAP・アダムスキーやオムネク・オネクに関心を持っています。

◆ このファンサイトの主旨
 
 このファンサイトは、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士の個人的・非公式非公認ファンサイトです。これまで博士の芸術論講座や講演会に筆者が参加して、個人的に主観的に思ったこと考えたことが書かれています。ですから客観的な公式・公認の情報ではありません。

最新記事

最新トラックバック

カテゴリ

右サイドメニュー

検索フォーム

Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR