五井野正 博士ファン倶楽部  浮世絵と印象派を通して学ぶ自然世界

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ゴーギャンとポロブドゥールの仏教遺跡                 『我々はどこから来たのか 我々は何者か』             『我々はどこへ行くのか』

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( 上記上段は、ゴーギャンの晩年の集大成の絵画である『我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか』という哲学的宗教的テーマを顕わしている絵画です。右側の女性たちや子供は、『我々はどこから来たのか』誕生を顕し、中央の果実を摘む人は、『我々は何者か』生を顕わし、左側の病める老婆の姿はは、『我々はどこへ行くのか』ということで死後を示して、総じて人間の過去・現在・未来を顕わして、それはロダンの『考える人』を絵画を通して顕わしているのです。

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( 上記は、ロダンの『考える人』で、哲学者の姿を顕わしているが、ゴーギャンは、キリスト教、ユダヤ教、仏教の世界を通して、ロダンが彫刻の姿で表現したことを、印象派絵画を通して表現したのではないだろうか・・・・)

 ゴーギャンは、1874年にボロブドゥール遺跡の仏像のレリーフの写真を手に入れて、( 実際にゴーギャンが手に入れた写真は、下記の写真ではありません。資料によると僧侶たちと会う仏陀という場面の写真です。)タヒチに向かい、そのレリーフの構図などから『タヒチのイブ』や上下段にある作品『我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへゆくのか 』という作品を描いたとされています。これらのレリーフの世界とゴーギャンが描こうとした世界は、二つの絵画を比較することによって、そこに共通する感性や世界を私たちは発見することができるのではないでしょうか。(下記は、ポロブドゥールの遺跡公園より)


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 二段目から九段目までが、ボロブドゥールの仏教遺跡の中で、釈迦仏の四門遊観を顕すレリーフです。その二枚目の画像より、女性の誘惑によって城外に出ることを留める様子、三枚目は、城外の警護を厳しくしている様子、四枚目より四門遊観察で、車に乗り東門より城外へ出て、老人と出会う様子、五枚目、西門にり城外へ出て病人と出会う様子、六枚目、南門より城外へ出て死人と出会う様子、七枚目、北門より城外に出て沙門と出会う様子が描かれています。八枚目は、天人が出家した釈迦を抱えている様子です。ポロブドゥールの仏教遺跡がどのようなものかということで、上記場面を掲載しました。

◆ ゴーギャンがタヒチ島に渡る時に、1814年に、インドネシアのジャワ島で発見されたポロブドゥールの巨大な仏教遺跡の写真の一部を持参してタヒチに渡ったということを知ったのは、先日ゴーギャンについて書かれている本を図書館でいろいろと眼を通している時だった。

◆ それは、 『タヒチのイヴ』などの作品のスタイルが、ポロブドゥールの仏教遺跡の中で『僧侶たちと会う仏陀』のレリーフのスタイルから取ったものであると言うコメントが述べられていたが、それでは具体的にゴーギャンが、ポロブドゥールの仏教遺跡からどのようなことを学んだのか、その背景となるものについては何も述べられていなかったのである。

◆ それで、その部分について調べてみても、美術的にポロブドゥールの遺跡のレリーフのスタイルを自分の絵画表現の中に取り入れたということを記述しているのみで、それ以上の深い追求は何もなされていないし、どうしてゴーギャンがインドネシアの仏教遺跡について深い関心を持つようになったのか、その精神的宗教的動機については何も言及されていないのが、とても不思議でならなかったのです。

◆ これまで、ゴッホやゴーギャンのことを調べてゆく中で、断片的ではあるけれども、随所にゴーギャンがキリスト教社会の中で生きているにも関わらず、仏教で説く転生輪廻の倫理観・生命観を受け入れていたことがわかる。そんなゴーギャンが18世紀初頭に発見発見された仏教の巨大遺跡に対して関心を持つ理由や動機に、精神的宗教的な動機が必ずゴーギャンの内面にあるのが当然なのに、その部分については触れられていないし、だれも追求していないし、なんでこんな重要なことをそのままにしておくのか、不思議でならないと感じたのです。

◆ それはまたゴーギャンのみの話ではなく、ルドンなども仏教思想の影響を受けて、仏陀や地蔵菩薩などを描いているのに、印象派の画家達が東洋思想の仏教に深く影響を受けているにも関わらず、日本人はそのところについて、どうして印象派の画家達が仏教思想に深く影響を受けたのか、その精神的宗教的動機については、だれも深く掘り下げようとしないのです。

◆ それは思考がその仏教の世界に触れると、日本の知識人は全て意識的にも無意識的にもそのような事実を削除して、それ以上の精神的宗教的動機まで掘り下げようとしないように意識が働いてしまうとゴーギャンのこの件についても同じようなことだと思ってしまうのです。ここには、本当はキリスト教と仏教の世界が交わった世界があるのに・・・残念でならないのです。

ボロブドゥール遺跡
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%AD%E3%83%96%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%BC%E3%83%AB%E9%81%BA%E8%B7%A1

◆ それは、慶応大学の創始者である福沢諭吉の脱亜論に未だにマインドコントロールされている日本の知識人は、印象派が仏教から大きな影響を受けていたということを自動的に彼らの意識の世界、日本人の意識の世界から削除してしまうような意識作用が起きてくるのようです。第一印象派という言葉自体が誤って真実を被い隠している言葉であり、本当は日本・浮世絵派と言う意味らしい。

◆ それは翻訳の時から、このようなことが起きているのかもしれないが、それは翻訳の時だけの問題ではなく、現在においても印象派が西洋のキリスト教社会の中で、西欧の仏教の姿が印象派であるという事実を隠すために動いているように反対に思えてくるのです。

◆ そのようなことで、私達はゴーギャンがボロブドゥールの仏教遺跡から具体的にどのような影響を受けてきたのか、詳しく知ることができないし、そのような情報が多くのゴーギャン関係の書籍には掲載されないように無意識的にオープンにされないように、関心をもたれないようにされているように感じられてならないのです。

◆ しかしそうは言っても、ゴーギャンの最後の作品、ゴーギャンが自分の集大成の作品が、ボロブドゥールの仏教遺跡の世界と旧約聖書の創世記のアダムとイブのエデンの園の世界が組み合わさった絵画の世界を見るときに、私達はその絵を通して何を感じるでしょうか。新約・旧約聖書の世界、仏教の世界、異教的な世界、その組み合わせの混合的宗教文化の不思議なパズルの世界。

◆ この絵画の世界には、複数の宗教的世界観が書き込まれていて、その上で『我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか』という過去・現在・未来に対する時間的で哲学的な問いかけをされていると思うのですが、この絵画を通してのゴーギャンの哲学的宗教的問いかけに対する根源的な答えとは、仏教・キリスト教・ユダヤ教などの全ての宗教の起源が交わる文明の十字路の世界であるアルメニア・シュメール・インダス文明の世界の中にその解答があると思われてならないのです。

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◆ 上記は、 『タヒチのイブ』です。ゴーギャンは、創世記のエデンの園という楽園の世界を、タヒチ島の世界の中で表現しょうとした形跡があると思います。それはタヒチの女性の姿を通して、マクダラのマリアや聖母マリアの世界を顕そうとしたり、少なくともカトリック教が示すキリスト教の世界ではなく、西洋文明化・キリスト教化されていない世界をタヒチの中に求めていたようです。そして現実は、タヒチ島の世界の中で、この二つの官憲勢力と戦っていました。

◆ この『タヒチのイブ』が、ゴーギャンがポロブドゥールの仏教遺跡のレリーフの構図から描いた作品とされています。他にも何点か、レリーフから影響を受けた作品があるようですが、あの時代に仏教遺跡の写真を手に入れるというゴーギャンの行為を考えてみると、よほどゴーギャンはこの遺跡に関心を持っていたと思わざるを得ないのです。

 追記

◆ 下段の絵画は、前回掲載しました『イア・オラナ・マリア』ですが、中央の二人の女性の姿をよく見てみると、はっきりとわかるものがあります。この二人の女性はタヒチの女性ですが、彼女達の手の姿を見てみてください。彼女達は、合掌しているのです。この合掌の姿とは、キリスト教の手印ではありません。これは仏教徒の姿を顕しているのです。

◆ このように捉えて、このゴーギャンの描いた絵画を見つめてゆくと、この一枚の絵画の中には、タヒチの女性達を通して、仏教とキリスト教の信仰の姿を描いているのです。ですから、仏教の信仰もキリスト教の信仰もない現在の無神論の世界を信仰する日本人の内面性とゴーギャンの内面性は全然違うということがはっきりわかってきます。

◆ そしてこのような視点でゴーギャンの描いている世界を見てゆくと、これまで気付かなかった世界がゴーギャンの絵画表現の世界の中に隠されているものを発見してゆくことになるのではないでしょうか。印象派の画家達は19世紀にこのような内面性を持っていたんだと。そしてこのような絵画は、私達現在の日本人には描けない哲学的宗教的作品であると思われてなりません。
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プロフィール

水と木の精霊の守り人

Author:水と木の精霊の守り人
 浮世絵の中に描かれている宗教・歴史・信仰・民俗学・古典などに深い関心があり、『精霊の守り人』のファンです。また、浮世絵の影響を受けたフランス印象派やジャポニスムに関心を持っています。
( Impressionnistesとは、正しい翻訳では、印象派と訳すのではなく、フランスの浮世絵師と訳すのが正しい翻訳であるそうです )
特に浮世絵の研究者でもあり、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士のファンの一人です。博士の講演の中で、ジャポニスムとは、日本趣味ではなく正しくは、~イズム(ism)とはその人の生き方・精神を顕わして日本趣味ではなく、日本主義と訳すのが正しい翻訳であるそうです。また内部被曝問題に関心があります。日本GAP・アダムスキーやオムネク・オネクに関心を持っています。

◆ このファンサイトの主旨
 
 このファンサイトは、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士の個人的・非公式非公認ファンサイトです。これまで博士の芸術論講座や講演会に筆者が参加して、個人的に主観的に思ったこと考えたことが書かれています。ですから客観的な公式・公認の情報ではありません。

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