五井野正 博士ファン倶楽部  浮世絵と印象派を通して学ぶ自然世界

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印象派の先駆け・モネ『日の出』                           【西洋絵画の技法と印象派の技法の違い】



『 第1回印象派展の開催
1874年にモネ、ドガ、ルノワール、セザンヌ、ピサロ、モリゾ、ギヨマン、シスレーらが私的に開催した展示会は、後に第1回印象派展と呼ばれるようになる。当時この展示会は社会に全く受け入れられず、印象派の名前はこのときモネが発表した『印象、日の出(Impression, soleil levant)』から、新聞記者が「なるほど印象的にヘタクソだ」と揶揄してつけたものである。このときを印象派の成立としているが・・・・・・ 』

◆ 上記は、ウィキペディアよりの印象・日の出についての説明・引用ですが、このモネの『印象』の絵画は、朝日が地平線の彼方に昇ってきて、海辺の霧やもやの中に見える自然の微妙に光りによって変化してゆく日の出の一瞬の姿を、モネが感じ取って描いたものですが、このような描写方法は、これまでの西洋絵画の世界にはなかったものでした。

◆ 西洋では、事物の描写をする時に、静物画を見ればわかるように、モデルを使って、けして動作しないようにモデルに何度も注意を促して、何時間もの間、モデルは静止したままで、画家はその静止したモデルの姿を、目の前にある動かないものだけをデッサンして絵を描いてきたのであって、自然のように時間と共に変化してゆく姿を描くという手法がなかったのです。

◆ そのようなことで実は、従来の西洋絵画の技法と日本の浮世絵の影響を受けた印象派の画家達の技法は、異なっていたのです。そしてその違いが一番はっきりと表現されて顕されて、批評されたのが、実はモネの『日の出』の絵画であったのです。モネの日の出では、変化する一瞬の微妙な自然の海辺の霧ともやの中の曙光の世界を表現しょうとしています。

◆ このようなことは、私達はあまり聞いたことがありませんでしたが、以前五井野正博士の芸術論の講演の時に、次のような話がありました。すでにご存じの方も多いと思われますが、それは左脳で物事を捉えようとする西洋絵画と右脳で物事を捉えようとする東洋絵画の違いと言えるものかもしれません。

◆ まず西洋絵画の方法とは、モデルを立てて、モデルがいなければ、デッサンが描けないのであり、それ故に画家のモデルは、同じ服や姿勢で何時間も動かないで、画家はそのモデルを緻密にデッサンしてゆくのです。その方法とは、あくまでもモデルが目の前にいて、そのモデルを見て描く方法であって、モデルなしには描けないという方法が西洋絵画の方法であるということです。

◆ これに対して印象派の画家達が実践してきたことは、日本画や浮世絵のデッサンの方法で、この方法とはモデルを瞬時に自分の意識に刻印して、その刻印した映像を描いて、五感で色彩を描いて印刷すると言う技法なのです。つまり、現実のモデルではなく、意識の中に刻印されたモデルの記憶を基にモデルの姿を描くという方法なのです。

◆ つまり、コンピュータに譬えるのであれば、記憶容量が多くなければ、この方法では絵を描くことができず、集中力が必要となってくるということです。つまり、日本人は、モデルなしに絵を描くことができるが、西洋人はモデルなしには絵を描けないということなのです。たとえば、ソロバンによって、ソロバンなしにでも日本人であればソロバンを浮かべて計算できますが、西洋人にはそれができないということになるのです。

◆ すなわち記憶容量を日本人は、瞬時に多くの情報を捉えることができるのであり、それ故に日本の画家や東洋の画家達は、モデルなしに絵を描くことができるということです。そして当時の印象派の画家達は、そのような日本画の浮世絵の技法を学んで実践をしたものが、印象派の絵画となったということなのです。

◆ つまり、記憶や印象として意識に刻印されているものを出力するということが印象派の絵画であり、それはモデルを使って描くという方法とは異なって、東洋的な精神修行のような集中力を持って描くと言う視点を印象派の画家達はみんな持っていたということなのです。そしてこのような絵画を描く視点が東洋と西洋ではまったく異なっており、それは思考様式にも及んでいるということでした。

◆ たとえば、西洋人には、宇宙とは何かとか、生命とは何かとか、大きな世界に対して問いをした時に、何も考えることができず、思考形態が現実の今を基準に考えて行くので、思考方法が帰納法的になってしまうということでした。

◆ しかし、東洋人の場合には、それとは反対に、そのような問いを出たときに、それなりの解答や思考を持つことができるものであり、その思考方法は演繹的な思考であって、この演繹的な思考とは、始めに大きな世界を確定して、その世界から思考を降ろしてゆくと言うやり方で、それが『悟り』と言うことを意味するそうです。

◆ この『悟り』と言う概念は、西洋思考の中から生まれてこないものであるそうです。つまり、それは西洋思考では、始めから大きな世界を把握することができないということを意味しており、自分がどこから来てどこに向かうのかということを知ることが『悟り』であるが、そのような『悟り』の概念そのものが本質的に理解できないということなのです。

◆ つまりこのようなことから考えられることは、帰納法的思考では反対に見えなくなるものが出てくるということなのです。つまり自分の存在を越えた大きな世界が見えなくなるということ、認識できないということです。帰納法の思考だけでは、『悟れる者』と出会うことすらできなくなり、また硬直して帰納法のみで極限まで思考を進めてゆくのであれば、反対にその思考形態によって閉じこめられてくるかもしれません。

◆ そのようなことで、帰納法的思考では、自分の物差しの視点では捉えることのできないもの、つまり悟れる者と出会うための縁起そのものすらも、そのような思考形態に閉じこめられるのであれば失ってしまうことを意味しているのです。そのように考えれば、モネの『日の出』の絵画を批判した知識人は、完全に帰納法的思考の左脳人間であったのかもしれません。

◆ そしてこのような思考形態の人間は、実はその当時の西洋人の典型的な思考形態ということではなくて、それは現在の学校教育を受けて、完全に洗脳された日本の知識人の中にも同様に見られてくるものであるということです。彼らの物差しでは、『悟れる者』と出会っても、その人がそうであるということを認識することができないのです。


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◆ 博士の芸術論講座の時には、いつも右脳と左脳の機能の話がありました。特に芸術や宇宙の世界の理解のためには、右脳の働きが重要であり、それはインターネットの情報の容量を見てもわかるように、左脳的処理である言語や文字・数字などの処理容量よりも、右脳で理解する映像や絵画などの情報の容量のほうがはるかにその容量は巨大であるのであり、絵画の世界を感じる右脳機能のほうが情報処理機能が大きいことがわかります。

◆ たとえば、西洋人の絵画の描き方は、見たものを描くことしかできず、それも左脳によるデッサンのように一つ一つの部位を何時間もかけて描くのです。ですから、彼らの頭では、動いているもの、変化してゆくもの、つまり、自然の世界などはデッサンすることができず、それ故にけして動くことのない『静物画』しか描くことができないのです。動いて変化してゆく自然界を西洋人は、左脳で絵を描くために、描くことができないのです。

◆ これに対して日本人の場合には、反対に一瞬で映像の世界の全体を右脳で把握して記憶することができるようです。そして言語や論理の記憶よりも映像記憶のほうがはるかに記憶容量が大きいのです。そしてこの巨大な容量の情報処理を行っているのが、実は人間の右脳の働きであって、それは左脳の持つ論理・言語・計算処理能力よりはるかレベルの高い世界であり、それが芸術の世界であるということです。

◆ 日本人の場合、右脳で映像を一瞬のうちに記憶させて、その記憶された映像を基に、その記憶にそって絵を描くということなのです。そしてこのような映像によって理解する能力がないと自然世界や宇宙の世界を理解してゆくことができないということなのです。

◆ 博士の芸術論の講演の中では、このような脳科学の理論によって、右脳開発の訓練もあり、右脳訓練が活性化されてくると人体オーラを見ることができるようになってくるようです。そして現在の学校教育とは、実はこの右脳の働きを死滅させることが目的であるということです。

◆ 博士の講演は、具体的に脳の機能と芸術の相互関係を通して、宇宙との関係を説明されていますので、このような話を始めて聞く人々は、大変驚きます。いったいだれが、人間の脳の機能と芸術の世界を結びつけて話すことのできる人がいることでしょうか。

◆ そしてその上で、ヴァン・ゴッホの日本文字の解読とゴッホの絵画の持つ色彩論、そしてオーラ理論となってゆくのです。ゴッホは自らの絵画の中に、オーラを描いていると言う話です。いや、ゴッホの絵画そのものがオーラを放っていて、そのオーラを通して見るゴッホの絵画の世界のメッセージがあるという話もありました。私はこの話を聞いて大変驚きました。そしてゴッホの絵画が放つオーラの中にメッセージがあるということに、私にはわからないことですが、絵画の持つ奥深さに触れたような気がしました。
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水と木の精霊の守り人

Author:水と木の精霊の守り人
 浮世絵の中に描かれている宗教・歴史・信仰・民俗学・古典などに深い関心があり、『精霊の守り人』のファンです。また、浮世絵の影響を受けたフランス印象派やジャポニスムに関心を持っています。
( Impressionnistesとは、正しい翻訳では、印象派と訳すのではなく、フランスの浮世絵師と訳すのが正しい翻訳であるそうです )
特に浮世絵の研究者でもあり、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士のファンの一人です。博士の講演の中で、ジャポニスムとは、日本趣味ではなく正しくは、~イズム(ism)とはその人の生き方・精神を顕わして日本趣味ではなく、日本主義と訳すのが正しい翻訳であるそうです。また内部被曝問題に関心があります。日本GAP・アダムスキーやオムネク・オネクに関心を持っています。

◆ このファンサイトの主旨
 
 このファンサイトは、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士の個人的・非公式非公認ファンサイトです。これまで博士の芸術論講座や講演会に筆者が参加して、個人的に主観的に思ったこと考えたことが書かれています。ですから客観的な公式・公認の情報ではありません。

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