五井野正 博士ファン倶楽部  浮世絵と印象派を通して学ぶ自然世界

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プロテスタント教会の牧師の卵であった                      ヴィセント・ファン・ゴッホは、娼婦と結婚していた。

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 (上記は、ゴッホが描いたシーンのスケッチ、下の小さな絵は、ゴツホが描いた広重の『雨中の大橋』で、ゴッホとシーンの結婚証明書、日本的に言えば花魁や太夫を身請けする時に、雇い主と交わす『身請け誓約書』で、シーンという花魁を身請けして結婚したという意味を含めてゴッホが描いた結婚証明書としての絵画です。)

◆ 前回、ユーゴーの『レ・ミゼラブル』の映画について、コメントしましたが、レ・ミゼラブルの世界は、小説の世界であり、映画の世界であり、ブームや流行となっているミュージカルの世界ということで、多くの日本人が知っていることですが、その19世紀のレ・ミゼラブルの世界とは、実はフランスでは、印象派やジャポニスムの活動があった時期でもあり、ユーゴーの生きた時代と同じ時代でもあるのです。

◆ ユーゴーは、その時はイギリスの離島に亡命してフランス本土にはいなかった時期があるにせよ、フランスでは印象派のジャポニスムの活動があって、それが芸術の世界だけではなく文学の世界にも大きな影響を与えていたのです。

◆ そのようなことで、私たちは、ユーゴーの『レ・ミゼラブル』の世界から、フランスで始まった印象派やジャポニスムのことについて、映画を通してその社会背景について、少しでも理解を深めることができると思いますし絵画に関心のない人であっても、『レ・ミゼラブル』の世界を通して、それをきっかけに関心を持つことができるのではないかと思います。

◆ たとえば、後期印象派の画家ヴィセント・ファン・ゴッホは、そのような時代に生きていました。そして26歳の時に画家を目指しましたが、それ以前は、キリスト教会の牧師になるために勉強をしていました。またゴッホの父は、オランダでプロテスタント教会の牧師をしており、ゴッホ一族の人間は、画商の他に牧師の家系でもあったようです。

◆ そのようなことで、ゴッホは、他の印象派の画家達と違い、ベースには始め、キリスト教の世界で生きていた人なのです。レ・ミゼラブルの世界では、ジャン・バルジャンを助けた人は、カトリック教会のミリエル神父でしたが、ゴッホはカトリックではなくプロテスタントでした。

◆ そして始めは、大学の神学部の入学試験をパスするために勉強をしていましたが、ラテン語の修得が難しく、神学部を諦めて、在野の伝道師としての研修を受けて、イギリスの炭坑町に派遣されるのですが、ゴッホの場合は単に説教をするだけではなく、自分の衣類から食べ物、金銭に至るまで、貧窮している炭坑労働者に与えてしまい通常の良識の範囲を超えている活動と判断されて、正式に伝道師の許可が下りず、牧師の道も閉ざされてしまうのです。

◆ またその後に、港町で娼婦をしていたシーンと言う女性に出会います。シーンは、ファンテイーヌと同じような子持ちの娼婦で、どうやらアルコール中毒で性病もあって、出会った時には、妊娠をしているような状況にあったようです。上記は、ファン・ゴッホが描いたシーンのデッサン画で少しデフォルメされて表現されている部分があるようですが、ゴッホはシーンを助けるために同棲生活を始めるです。

◆ でも、ゴッホ自身は、特にその時は画家として収入があったわけでもなく、画商をしている弟テオからの仕送りで生活していたので、その仕送りでシーンと厳しい同棲生活をしていたのです。でもゴッホにとては、シーンを愛していて、父親が不在のシーンの子供達ともに、ゴッホにとってはささやかな家庭を持つことになったのです。

◆ そしてこのことは、ゴッホの一族にとっては、大問題と発展しました。それは一族には、真面目な社会的にも認知されている牧師の家系の息子が、子持ちの病気のある娼婦と同棲して、そのシーンという女性と結婚したいと言う話が進んでいたからです。ゴッホの行っていることは、一族に泥を塗るようなことだと批判されて別れるようにと周囲から非難中傷となったのです。

◆ さて、上記のゴッホと娼婦シーンの話は、小説でも作り話でもなく、映画の世界の話でもなく、19世紀のレ・ミゼラブルがフランス国内で多くの人々が読んでいた時期に、ゴッホを取り巻く世界の中で起きてきた現実の話であり、この現実の話は、レ・ミゼラブルの世界よりも大変酷な状態の話であるということです。

◆ でも、ゴッホは画家になる前は、牧師の卵であり、新約聖書の研究をしていて、それでナザレのイエスが当時実際に行っていた活動を、そのまま19世紀の社会でストレートに行ったいた人なのです。ですから、初期のゴッホの絵画には、ミレーなどの影響を受けて農民や労働者などの貧しい人々が描かれていて、また娼婦シーンを救済するという行為も、ナザレのイエスが娼婦で七つの悪霊に憑かれていたマクダラのマリアを救済することと同じことをしていたのです。

◆ そしてそれは、レ・ミゼラブルの中で、娼婦ファンティーヌやコゼツトを助けようとするジャン・バルジャンとヴィセント・ファン・ゴッホは、いったいどこに違いがあると言えるでしょうか。何故か、ゴッホとジャン・バルジャンは似ているような気がしてなりません。ただ、ゴッホの場合には、浮世絵と出会ってから、日本主義者となって『永遠の仏陀り素朴な信仰者』となってゆくので違いますが・・・ゴッホは、西洋のキリスト教と大乗仏教の法華経を結びつけた人です。

◆ ても私たち日本人の感覚では、なかなかこの『レ・ミゼラブル』と『ヴィセント・ファン・ゴッホ』が結びつかないのです。両方はけして別々に存在しているものではないのです。繋がっているのです。ですから、レ・ミゼラブルの映画を見て、何か感じた人は、ゴッホの世界でも同じように感じることでしょう。またゴッホが浮世絵を多数コレクションをしていたのと同じようにユーゴーもコレクションしていたのですから・・・・

◆ それから、ゴッホとシーンの関係ですが、やはり最後は別離という形となり、ゴッホは泣く泣く別れることになり、芸術への道へ進んでゆくのですが、ゴッホは両親・一族に反対されていたにも関わらず、実はシーンと結婚をしていて、それを一枚の絵の世界に封印した残したとされています。

◆ 五井野正博士の以前の芸術講座の中で、上記のゴッホの描いた広重の『雨中の大橋』の中には、実はシーンという娼婦・花魁を身請けして結婚したということの意味が、描き込まれていて、それがゴッホがこの絵の周りに描いた『日本文字』を解読することによって、そのことがわかってきたと話があったのです。詳しいその日本文字の解明については、青いポストのホームペーシ゜に掲載されています。下記閲覧をしてみてください。

青いポスト・五井野正博士特別寄稿文『ゴッホは、娼婦と7月13日結婚していた!!』

◆ 本当は、ゴッホはシーンとの結婚を公にしたかったのでしょうが、自分の家系が牧師の家系であり、また自分自身もキリスト教会の牧師でもあったことから、この娼婦との結婚が世間的にオープンとなれば、親族や一族に大きな迷惑がかかるということで、このような日本の浮世絵の絵画の世界の中にその真相を隠して封印したというのです。

◆ そしてそのことを浮世絵の様式が理解できる日本人に理解してほしいという願いが、この浮世絵の絵画の世界には封印されているのです。そのようなことで『レ・ミゼラブル』を通して、もう一度日本人としてヴィセント・ファン・ゴッホについて、改めて問いかけをしていただければと幸いです。
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水と木の精霊の守り人

Author:水と木の精霊の守り人
 浮世絵の中に描かれている宗教・歴史・信仰・民俗学・古典などに深い関心があり、『精霊の守り人』のファンです。また、浮世絵の影響を受けたフランス印象派やジャポニスムに関心を持っています。
( Impressionnistesとは、正しい翻訳では、印象派と訳すのではなく、フランスの浮世絵師と訳すのが正しい翻訳であるそうです )
特に浮世絵の研究者でもあり、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士のファンの一人です。博士の講演の中で、ジャポニスムとは、日本趣味ではなく正しくは、~イズム(ism)とはその人の生き方・精神を顕わして日本趣味ではなく、日本主義と訳すのが正しい翻訳であるそうです。また内部被曝問題に関心があります。日本GAP・アダムスキーやオムネク・オネクに関心を持っています。

◆ このファンサイトの主旨
 
 このファンサイトは、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士の個人的・非公式非公認ファンサイトです。これまで博士の芸術論講座や講演会に筆者が参加して、個人的に主観的に思ったこと考えたことが書かれています。ですから客観的な公式・公認の情報ではありません。

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