五井野正 博士ファン倶楽部  浮世絵と印象派を通して学ぶ自然世界

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モネ『睡蓮とラ・ジャポネーズ』                                          日本では、遊女の卵『かむろ』は、花魁や太夫に付いて学んだ

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( 日本の花魁を描いている浮世絵の中には、花魁だけではなく、花魁と一緒に、花魁の芸能の弟子とも言える『かむろ』の姿が描かれている。このような『かむろ』のような存在は、西洋の印象派絵画の世界でも描かれていないし、『かむろ』のような存在はいないと言える。上記【ほ~りこと、三分でわかる江戸のあれやこれや】の動画で『かむろ』についての端的な説明がなされています。)

◆ 上記は、印象派の画家モネの睡蓮とモネの奥さんであるカミーユをモデルにして描いたラ・ジャポネーズ(日本娘)の絵となります。すでにご存じのことと思われますが、モネもゴッホと同じように日本の浮世絵を多数コレクションしていました。

◆ そして自宅の部屋には、浮世絵が展示されていました。また日本庭園を自宅に造り、睡蓮の華を様々な時刻や角度から描かれています。睡蓮の華と言えば、日本では仏教の世界の表現ですから、何らかの形でモネは、日本の仏教の世界を学んでいたのかもしれません。

◆ さて一番上の赤い長襦袢の着物を着ている女性の姿は、博士の芸術講演の中の話では、実はモネは、マネの娼婦を描いた『オランピア』の作品の影響を受けて、日本で言う赤い長襦袢である娼婦がシンボルに着る赤い着物を自分の奥さんに着せて、花魁のモデルのようにしてこの絵を描いているそうです。

◆ またこの扇子を持って舞う赤い着物を着る人は、日本の畳の上で見返り美人の仕草でこちらを振り返って笑っています。背景に描かれている日本のうちわの中にも日本の風景や美人画が描かれています。

◆ モネは、この娼婦が着る赤い着物の女性を描くことによって、マネと同じように当時のフランスの階級社会の下層に沈んでしまっている娼婦に対する人権擁護を主張して、日本の浮世絵の中に顕されている娼婦の姿を表現することによって、当時のカトリック教会が支配するキリスト教倫理社会に抵抗したのだと思います。日本では、こうなんだと。赤い長襦袢を着る女性が、日本女性の姿でない処がモネの主張ではないでしょうか。

◆ それでこのモネの絵を見て、モネと交流のあったゴッホも、モネのように自分の奥さんを表現して描きたかったのだけれども、ゴッホにそれができなかったのは、ゴッホ自身が画家に転向する前は、プロテスタント教会の牧師であり、父親も牧師であり、一族には牧師がいるたのです。

◆ それでゴッホがマネやモネのように出来なかったのは、一族に被害が及んでしまうために、ゴッホは日本の浮世絵の見立て絵の手法を使って、娼婦である奥さんを別のもの(樹木である梅の木)に見立てて、その中にゴッホの奥さんであるシーンに対する気持ちを封印させたと言う話を聞いたことがあります。

( ゴッホの【花咲く梅の木】ゴッホは、父親が牧師で、自分の一族が牧師の家系であったので、娼婦であった奥さんを、モネのような形で表現できなかったので、奥さんの姿を【梅の木】に見立てて表現した。)

◆ ですから、19世紀とは言え、当時でさえもヨーロッパの社会では、キリスト教の倫理感が人々を支配していたのであり、そのようなキリスト教倫理の支配する社会と言う社会的背景を理解することなしに、私たちは印象派の本当の姿を把握することは困難であると思われてなりません。

◆ たとえば、ニュートンの万有引力の法則にしても重力という世界観にしても、それは当時のローマ・カトリック教会に対する対立と戦略の中から生まれてきた考え方であって、当時の社会を支配していたキリスト教的世界観を理解しないで、西洋科学の世界を理解することはできないと考えることと同じであると思います。

◆ さてそれでは日本の江戸時代では、日本では太夫や花魁の世界ではどのような形であったのかというと、それは、下段の花魁の浮世絵を見ていただくとわかりますが、花魁や太夫の浮世絵の中には必ず二人の女の子が描かれています。

◆ 彼女達は、俗に言う遊女の卵である『かむろ』です。この女の子達は、太夫や花魁と言う姉様に付いて、歌舞から三味線、俳諧や和歌や書道から囲碁や将棋の世界から遊客の見方から手練手管やお金の勘定や仕来りや房中術など様々なことを学ぶわけで、小さい時から玄人の花魁や太夫に弟子入りして、彼女達からすると姉様の師匠になるわけです。

◆ ところが、このような遊女の卵である『かむろ』がどのような生活をして、どのような教育を受けていたのか、花魁や太夫に対しては、いろいろお話がありますが、肝心の座敷童のような『かむろ』の世界について書かれている資料があまりないと思います。

◆ しかし、『かむろ』は、姉様である太夫や花魁に弟子入りをするようなものですから、太夫や花魁のキャラクターや性癖・悪癖によって大きな影響を受けるのです。でもそのような遊女の卵『かむろ』の社会でも、始めから遊女としての才能がある人もいるわけです。

◆ たとえば、島原遊郭の吉野太夫の吉野伝 を読むと、恐らく吉野が『かむろ』か、それ以前の時に、易者や占い師かわかりませんが、まだ子供の吉野の人相を見て、この子は日本一の遊女になると判断しているということです。このように『かむろ』や遊女の卵の人相や姿形を見て占って才能ある人を見いだす話は、昔から語られています。

◆ これは、東洋文化圏の中では道教の世界があって、その中には中国の『桃源郷の仙女』の話にあるように、遊女には『仙女』と言う側面が遊郭の世界の中にあるのです。たとえば、それは島原遊郭の世界を描いた絵図の中では、必ず遊郭の中には、山水の庭園や茶室が設けられ、部屋には山水画が描かれているのです。(下段の彦根屏風の遊女図の中の山水画が描かれています。)ですから遊女には、芸能人・仙女と言う意味づけが、島原遊郭の伝統の世界を見ると気付いてくると思われます。

◆ ですから、そのような道教の文化を受けて遊女は、仙女でもあり、それ故に遊女にも陰陽五行の教えと繋がりがあり、そのような感覚が遊女の中には入っているということです。そしてそのそように流れを受けている玄人である太夫や花魁の姉様に弟子入りして仕えるようなになるわけですですから単なる西洋で述べる娼婦ではなく、その文化的バックグランドが全然違うのです。

◆ そして多くの浮世絵に花魁・太夫の卵『かむろ』が描かれて、その教育・生活費は、姉様兼師匠の太夫・花魁持ちであるのですから、太夫・花魁は遊女の卵である『かむろ』をある意味教育していることになります。それは恐らく、江戸の吉原遊郭と京都の島原遊郭では違いがあると思われますが、上記のような太夫や花魁に『かむろ』と言う遊女の卵を教育・育成すること事態がヨーロッパのキリスト教文化圏の娼婦とは、全然違うということなのです。


◆ それにキリスト教文化圏では、彦根屏風のような遊女を描いた絵画というものはありえないと思われます。この書画の中には、遊女の卵『かむろ』も描かれています。みんな綺麗な着物を着ています。でもこの遊女達は、貴族階級でも権力者でもありません。巷の士農工商の庶民というよりも、それ以下の扱いとされる傾きものなのです。でも日本では、昔から様々な遊女絵図があり、その中には『かむろ』が描かれています。 
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水と木の精霊の守り人

Author:水と木の精霊の守り人
 浮世絵の中に描かれている宗教・歴史・信仰・民俗学・古典などに深い関心があり、『精霊の守り人』のファンです。また、浮世絵の影響を受けたフランス印象派やジャポニスムに関心を持っています。
( Impressionnistesとは、正しい翻訳では、印象派と訳すのではなく、フランスの浮世絵師と訳すのが正しい翻訳であるそうです )
特に浮世絵の研究者でもあり、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士のファンの一人です。博士の講演の中で、ジャポニスムとは、日本趣味ではなく正しくは、~イズム(ism)とはその人の生き方・精神を顕わして日本趣味ではなく、日本主義と訳すのが正しい翻訳であるそうです。また内部被曝問題に関心があります。日本GAP・アダムスキーやオムネク・オネクに関心を持っています。

◆ このファンサイトの主旨
 
 このファンサイトは、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士の個人的・非公式非公認ファンサイトです。これまで博士の芸術論講座や講演会に筆者が参加して、個人的に主観的に思ったこと考えたことが書かれています。ですから客観的な公式・公認の情報ではありません。

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