五井野正 博士ファン倶楽部  浮世絵と印象派を通して学ぶ自然世界

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社会主義者・ダンギー爺さんと                            日本三大名妓の一人吉原遊郭・高尾太夫

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◆ 上記は、ゴッホが描いたジャポニスムの絵画の一つである『ダンギー爺さん』の肖像画です。背景には、6枚の浮世絵の絵が描かれていますが、これはダンギー爺さんがどのような人物であるのか、そのバックグランドとなるキャラクターを6枚の浮世絵で顕しているのです。そのようなことで、この絵は写実的に描いたものではなく、またそのような人物と比較して、巨大な浮世絵が現実に存在していたのではなく、絵の組み合わせによってキャラクターを表現しています。

◆ 6枚の浮世絵は、右上から桜(広重の東海道の石薬師)、右下は英泉の龍の着物を着る花魁、中央は、広重の富士(原)左上は広重の吉原、左中は高尾太夫、左下は、入谷の朝顔の浮世絵を描いているようです。そしてこの6枚の浮世絵で中央に描かれているタンギー爺さんのバックグランドを顕しています。

◆ つまり、簡単に6枚の絵解きをするのであれば、富士、桜、芸者と言う日本のシンボルの姿・曼陀羅を背景に描くことによって、ゴッホはタンギー爺さんという人物が、ジャポニスム・日本主義という主義・主張・思想を持って生きている人物ですということをゴッホが描いているのです。

◆ そしてどうやらダンギー爺さんは、社会主義者であったようです。そして五井野正博士の講演会の中では、その社会主義は、日本の浮世絵から影響を受けたと言われています。でも浮世絵がどうして社会主義であるのか?このような話はあまり聞いたことがありません。社会主義というと空想的社会主義であるとか、高校の倫理社会の時間に勉強したことがありますが、浮世絵が社会主義ということは、聞いたことがありませんでした。

◆ それに社会主義者というと、それは政治家や革命家や社会運動をする人々が、社会主義の思想を持って反体制派として運動するというイメージが先に来てしまいますが、どうしてダンギー爺さんという画材屋の高齢の店主が社会主義者であるのかと普通思いますし、高校でも大学の美術や哲学の授業でも、日本の浮世絵から社会主義を学んだという話は、だれも聞いたことがないと思います。

◆ そのようなことで、これはどのようなことなのかとなりますが、博士の講演の内容を自分なりに理解した範囲で話をしますと、(もしかしらどこか違っている場合もあります。)あくまでも個人的解釈です。

◆ それはもともとヨーロッパでは、ローマカトリック教会が支配するキリスト教倫理社会が、彼らの生活から絵画の描き方まで支配をしていて、芸術家は、キリスト教会に奉仕する僕であって、当然絵を描くテーマも決まっていたのです。例えば聖書の人物であったり、神話の人物であったり、絵画は教会に奉仕するものであったのです。

◆ また或いは、絵画はヨーロッパの社会では、貴族階級に仕えるものであり、芸術家は貴族に仕えて、貴族の肖像画や家族を描くために奉仕したのです。つまり、絵画を描く芸術家とは、ヨーロッパでは、キリスト教会や貴族などの特権階級、ヨーロッパ世界の社会階級の支配者であるキリスト教社会のバラモン階級に奉仕するのが芸術家の役割であったのです。

( ローマカトリック教会の神父やプロテスタント教会の牧師を、ヨーロッパ世界での特権僧侶階級であるバラモン階級と解釈する見方は、カトリック教の教育を受けたフランスのロマン・ロランなどが述べていて、そのように解釈するのであれば、日本の浮世絵とは、そのような欧羅巴のアーリア人であるキリスト教の特権バラモン階級に支配された社会に大きな影響を与えた絵画であり、そのようなキリスト教倫理社会の中で、ヴィンセント・ファン・ゴッホが日本から来た浮世絵と言う『古来の衣鉢』を持って印象派絵画運動をしたと考えるのであれば、その中に見えてくるものがあると思われてならないのです。何故なら、ゴッホ自身が自分の自画像を描いて、永遠の仏陀の素朴な崇拝者の姿として書簡の中で説明しているからです。

 また上記のようにゴッホの姿を捉えるのであれば、同様にナザレのイエスがユダヤ教律法社会の中で、ユダヤ社会を支配するラビ達のユダヤ律法社会の支配者達やラビやパリサイ派の人々ユダヤ特権階級をバラモン教に譬えるのであれば、その中でのナザレのイエスの活動とヴィセント・ファン・ゴッホの姿には、不思議と深くシンクロしてゆくものがあるということです。それはまるで、ナザレのイエスは仏教の縁起の教えを、愛と言う表現に切り替えて、縁によってユダヤ教社会の因果律を絶対とする社会の変革をしようとした人で、それはヴィセント・ファン・ゴッホが深く繋がっているように思えてきます。博士のお話の中で、そのような因果律が縁起によって変化してゆくと言うことを、ナザレのイエスは、教えようとしたと話がありました。そしてナザレのイエスは、小乗教をアフガニスタンで学んでいたと・・・)

◆ つまり、士農工商やバラモン教などの四姓制度で表現するのであれば、絵画を描く芸術家とは、士農工商で言えば、士である権力者、バラモン教的に言えば、カトリック教会に奉仕する人であって、その社会の一番上の特権階級に奉仕する人が芸術家の役割であったのです。

◆ ですから、そのような伝統と歴史のある芸術家の世界では、その社会階級の人達に会わせて、絵画のテーマから描き方から配色まで、強いて言えば支配者側の統治倫理であるキリスト教倫理の支配する階級社会の中にあったのです。(つまり、ペテロに始まるローマカトリック教会は、現実はナザレのイエスの教えに反する社会を作ってきた。これは『七次元よりの使者・第3巻』の中に述べられています。)

◆ そのようなキリスト教倫理社会の中で、日本からの浮世絵が広まったのです。浮世絵の世界とは、絵画の世界ですから、当然ヨーロッパの人々は、日本語や漢字は読めないかもしれませんが、しかし絵画の世界とは、左脳で文字で理解できなくとも、右脳の世界で、絵の世界をただ見ることによって、何が描かれているのか簡単にわかってしまうのです。

◆ そして日本から来た浮世絵の絵の世界というのは、士農工商やバラモン教の四姓制度などの社会階級で言うと、江戸の町人階級によって創られた絵画の世界であり、その世界には日本の江戸時代の庶民の世界がそのまま描かれていたのです。日本の浮世絵の世界では、特権階級や支配者者階級のみが描がれているのではなく、普通の庶民が描かれている。また特にその中では、美しい自然の世界が描かれていたり、昆虫や鳥獣の世界まで描かれているし、また娼婦や娼館の世界が美しく描かれていたりしていたのです。

◆ そしてその浮世絵の世界には、農民や町民の世界、娼婦の世界があって、また動植物から山々の世界や海なども描かれていて、その絵画のテーマは多岐にわたっていたのです。そして美しし色彩を放っていた。またすばらしい霊気を放つ春画も持ち込まれていた。そしてその絵画とは、特権階級に奉仕する絵画でもなければ、全ての生き物が自然が描かれていて、日本では、絵画に対する価値観が異なっていた。そこには差別なく描かれていた。

◆ そしてそのような絵画で表現されたジャポニスムという豊かな色彩で表現された絵画表現による日本人の自然観・社会観・倫理観・宗教観が大量にキリスト教倫理社会に入ってきたのです。そして恐らく一番始めにそのような日本から来た浮世絵を見て、その浮世絵という絵を作り出した日本と言う国が、ヨーロッパのキリスト教倫理と言うバラモン階級が支配する階級社会と違って、多くの人々がともに助け合って生きている社会であると絵画の世界を見てヨーロッパの芸術家達は感じたのです。

◆ それはヨーロッパの芸術家達が、浮世絵の色彩の中に顕されている思想によって、キリスト教倫理の支配する世界から絵を通して感覚が変化してしまったのです。そして浮世絵の世界の中に、ともにて生きてゆこうとする社会主義の原型を発見したのかもしれません。それは浮世絵によって人生観や自然観や社会観が変化してしまったのであり、浮世絵の世界の中に、具体的で生きている社会主義を始めに体験した人々が芸術家の人々なのです。

◆ 『芸術とは、美の術によって、社会を変革することである。』と五井野正博士は、講演会の中で述べられていますが、浮世絵の世界こそが、ペテロに始まる全ヨーロッパのローマカトリック教会を頂点とするキリスト教倫理社会の文化を変化させたのだと私には、どうしても思えてきます。

◆ ですから、ゴッホが描いたこの画材屋の店主タンギー爺さんも、始めはこれまでの経過から、ヨーロッパの中の社会主義思想については、様々な書物などを読んで学んできたかもしれませんが、それが日本から来た大量の浮世絵の世界を見ることによって、その絵の世界の中に具体的な真実の社会主義の世界を発見してしまったということなのだと思います。

◆ そしてその中でタンギー爺さんが浮世絵から受けたもっとも強烈な印象や思想とは、ゴッホが描いているように娼婦に対するとらえ方が、ヨーロッパのキリスト教倫理下における原罪の象徴である娼婦・魔女の世界と日本の社会における娼婦は、娼婦であっても同時に諸芸教養を身につけた芸能人であると言う文化的宗教的位置づけが、全然違うということに恐らくタンギー爺さんは、大変驚いてそれを娼婦を妻に持つキリスト教の牧師でもあった若いゴッホに熱く熱く伝えのでしょう。ですから、この絵はタンギー爺さんがゴッホに熱く伝えたことを描いているのだと思います。

◆ 特にゴッホは、左中に描かれている吉原遊郭の花魁・三浦屋高尾の話をダンギー爺さんから聞いたのではいかと思います。タンギー爺さんがゴッホに語っていたので、この絵の中に書き込まれているのだと思います。ゴッホは、シーンという娼婦を妻にしてとても愛していたので、この三浦屋高尾の話に大きな衝撃を受けたのだと思います。

◆ またこの三浦屋高尾については、以前もコメントをしましたが、改めて下記に述べたいと思います。恐らくタンギー爺さんは、ゴッホに熱を入れて高尾太夫のことについて話をしたのです。だから、絵の中に書き込まれているのです。

   高尾太夫について

◆ 資料などによると仙台高尾は、島田重三郎と言う遊客の浪人と契りを結ぶ仲となったが、仙台藩主伊達綱宗の身請け話を断ったために、永代橋上流で斬り殺されてしまったとされている。そして切り落とされた高尾の首が流れ着いた処に(現在の日本橋箱崎町)に当時盛んだった稲荷信仰と習合させて、高尾稲荷が造られたとされています。(ちなみに、日本三大名妓とは、この江戸吉原遊郭の高尾太夫を含めて、京都島原遊郭の吉野太夫・夕霧太夫となります。)

◆ 普通私たちは、富と権力者を持つ人から、お札を積まれれば、お金を貰って、愛する人に対する義を捨ててしまうが三浦屋高尾は、遊郭の中の花魁であったけれども、傾城の手練手管の遊女の戒律に従わず、義に生きたということは、その中に何か強い信仰のようなものがあったのではないかと思われてならない。

◆ 何故なら、江戸時代初期に顕された大阪新町の『遊女評判記』などを見ると、どのようにして、富を持つ金持ちから貧乏人、そしてプライドの高い武士から権力者に至るまで、どのようにしてお金を巻き上げてゆくのか、その手練手管の遊女のテクニックは、相当の昔からあって、遊女とは、全ての男客をマインドコントロールしてしまう直観力と心理技術そして霊感力のプロであって、客は騙されたと思われないで、いつのまにか遊女に貢ぐようになっている。

◆ そのような手練手管の玄人の世界の中で、そのような遊女の戒律を破り、義に生きる人というは、遊郭の中では破滅であり、破滅を覚悟でそのような義を建てる人と言うのは、だれでもどんな遊女でもできることではなくやはり、どうしてもなんらかの遊女の戒律を越えた、その動機付けとなる信仰心がないと普通はこのような行動はとれないのではないかと思えます。

◆ そしてその後、高尾の愛人であった島田重三郎は、高尾の霊を供養するために、僧侶となって現在はもうその寺はありませんが、山谷堀公園近郊に改名した『道哲』と言う名前の僧侶の住む「西方寺」と言うお寺があったとされています。そして仙台高尾のお墓は、浅草の春慶寺と巣鴨の西方寺の2ヶ所あるそうですが、その真意はわかりません。私も一度この2ヶ所の寺院を訪ねたことがありますが、やはり詳しいことはわかりませんでした。

◆ しかし、唯一気になることは、この話が事実であるとすれば、いったい道哲は、どのような形で三浦屋高尾を供養したのでしょうか。西方と言う寺の名前からは、法華経有縁の寺院のようには思えず、道哲は、島原遊郭の吉野太夫が亡くなった後に、法華経を書写した夫・灰屋招益のように、高尾のために法華経八巻やダイバダッタ品の龍女成仏を書写したのでしょうか。

◆ しかし、浅草の地にこのような高尾太夫の物語が、現在も残されて、そして浮世絵の世界に数多く残されて、現在にまで語り継がれているということが、高尾太夫にとっての大きな供養となるものであると思わざるを得ません。また印象派の画家であるヴィンセント・ファン・ゴッホは、この三浦屋高尾の浮世絵を複数所有していて、上記もその中の一枚ですが、この仙台高尾の悲しい物語にとても共感していたようです。タンギー爺さんと共に。


 追記

◆ 私たちは、高校でも大学でも、浮世絵がヨーロッパの世界全体に大きな影響を与えた。また日本の浮世絵からヨーロッパ人達は、社会主義を学んだということは、どんな大学の先生もそのような形で説明をしている先生はいないと思います。ただ、ジャポニスムという狭い美術的な表現として、一つの分野として説明しています。

◆ しかし、私はそうではないと思います。やはり、ジャポニスムとは、全ヨーロッパに影響を与えたのです。それは、例えば今回、明治後期にハインリヒ・フォーゲラーというドイツ人画家が、白樺派の柳宗悦に送った手紙の中でも、浮世絵が全欧羅巴の近代美術に大きな影響を与えたと端的に述べているからです。

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(上記は、19世紀のドイツ人画家のハインリヒ・フォーゲラーと白樺派の柳宗悦、中央の絵画は、フォーゲラーの妻の肖像画であるが、その背景には、日本の浮世絵が描きこまれている。フォーゲラーは、柳宗悦に送った書簡の中で、日本の浮世絵は全欧羅巴に影響を与えたと書いている。詳しくは、ブログの白樺派のカテゴリーを参照。)

◆ フォーゲラーは、けして日本の大学教授や日本の文部科学省の教育を受けた人ではありません。当時の欧羅巴のドイツで生きていたドイツ人の画家が、浮世絵を見て簡単に端的に述べているのです。私は、フォーゲラーの手紙を読んで、博士が指摘されていたことは、日本人にはなかなかわからないけれども、当時の現地の欧羅巴の画家達は、みんなそのように捉えていたのだと改めて思ったのです。

◆ でもこのようなことは、なかなか日本人には、伝わらず当時の白樺派の人々もそこまで理解していなかったのかもしれません。もし柳宗悦がフォーゲラーやゴッホ研究を通して、フォーゲラーが指摘した浮世絵の中に顕されている『古来の衣鉢』を守るために、白樺派が浮世絵の美術館を作っていたら、そしてゴッホの書簡をきちんと読んでいたら、ゴッホの日本主義が白樺派によって正しく伝えられ、日本の歴史が変わっていたかもしれません。


◆ 下記は、相当以前に、都内世田谷美術館にて開催された『ゴッホと日本展』の図録です。かなり以前のものなので、恐らく図書館にあるかどうかわかりませんが、かなりゴッホと浮世絵・ジャポニスム関係の書籍では、前回紹介しましたNHK取材班『ゴッホの愛した浮世絵』と同じようにとてもメジャーでありながら、ゴッホが集めた浮世絵が具体的にどのようなものであったのか、掲載をされていますし、タンギー爺さんのプライベートな経歴や社会主義思想についても述べられています。

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プロフィール

水と木の精霊の守り人

Author:水と木の精霊の守り人
 浮世絵の中に描かれている宗教・歴史・信仰・民俗学・古典などに深い関心があり、『精霊の守り人』のファンです。また、浮世絵の影響を受けたフランス印象派やジャポニスムに関心を持っています。
( Impressionnistesとは、正しい翻訳では、印象派と訳すのではなく、フランスの浮世絵師と訳すのが正しい翻訳であるそうです )
特に浮世絵の研究者でもあり、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士のファンの一人です。博士の講演の中で、ジャポニスムとは、日本趣味ではなく正しくは、~イズム(ism)とはその人の生き方・精神を顕わして日本趣味ではなく、日本主義と訳すのが正しい翻訳であるそうです。また内部被曝問題に関心があります。日本GAP・アダムスキーやオムネク・オネクに関心を持っています。

◆ このファンサイトの主旨
 
 このファンサイトは、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士の個人的・非公式非公認ファンサイトです。これまで博士の芸術論講座や講演会に筆者が参加して、個人的に主観的に思ったこと考えたことが書かれています。ですから客観的な公式・公認の情報ではありません。

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