五井野正 博士ファン倶楽部  浮世絵と印象派を通して学ぶ自然世界

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白樺派の人々が理想としたフォーゲラーの芸術村         (ユーゲントシュテイールと言う芸術の島を創ること)

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(上記は、ハインリヒ・フォーゲラーが作り上げた芸術村の世界、上段の赤い屋根の家が、『バルケンホフ』である白樺の家となります。その下の切手は、その白樺の家の入り口を描いたフォーゲラーの絵画で、真ん中の白い階段の処に立っている人が、フォーゲラーの愛する奥さんのマルタになります。下段は、その芸術村の中にある民家となります。)

◆ 前回、白樺派の初期のメンバーに大きな影響を与えてきたドイツの画家ハインリヒ・フォーゲラーについて少し述べてきましたが、実はそれには理由があるのです。それはフォーゲラーが作り上げてきた藝術村について調べてゆくとある事に気づいてきたからなのです。それは、フォーゲラーが作りだした芸術村とは、ある特定の地域、領域である自然や生活環境を含めた個人や仲間の『島』の世界を装飾的で芸術的な付加価値を創出して、その島の世界全体を別の世界に作り上げようとしたのです。

◆ 私たち日本人は、藝術村と言うと、藝術家が集まって自給自足をしながら絵画を描く活動をしている処というイメージがありますが、フォーゲラーが作り上げた藝術村の形は少し違うのです。それはどこが違うのかといいますと、フォーゲラーは自分たちが住んでいる生活環境や地域、つまり自分たちの生活圏である『島』の世界をユーゲントシュティールの藝術の世界にしょうとしたということなのです。

◆ つまり、藝術家が集まって、絵を一人一人が描くということではなくて、その地域の自然世界を含めて、自らの生活圏である地域全体を、自らの『島』の世界を、現実の世界とは違う別の世界に自らの芸術によって作り変えようとしたということなのです。それは白いキャンパスの二次元の世界に絵を描くのではなく、三次元の生活環境そのものを装飾的に作り変えて、妖精が住んでいるような世界に作り変えようとしたのです。

◆ たとえば、上記の民家にしても、もともとは廃屋であったようなボロボロの農家の民家を、フォーゲラーは安い金額で購入して、その民家をユーゲントシュティール(ドイツ版アールヌゥーボー)の様式にリフォームしているのです。また地域の自然環境についても、日本の白樺派の人々より日本庭園の書籍資料を送ってもらい、庭園も作り上げているのです。つまり単に絵を描くのではなく、自らの『島』の世界である自然を含めた生活環境の世界に、自らの絵画の世界を顕そうとしたということなのです。

◆ このようなことは現代的感覚で述べれば、テーマパークの縮図となるようなものかもしれませんが、テーマパークが商業目的に作られた商品的世界であるのに対して、フォーゲラーのような藝術家が作り上げる生活環境や自然環境そのものを含めた地域的な『島』の世界をアールヌゥーボーのような装飾的世界に作り上げることは、その『島』の世界が、非日常の世界となってしまうのです。それはあの吉原遊郭の世界が、その地域の吉原と言う『島』だけが非日常の世界であったと同じように・・・それもフォーゲラーは廃屋の農家や民家の建物をユーゲントシュティールの様式に改造して付加価値を創出しているのです。

◆ このような廃屋などの建物に、ユーゲントシュティールのような装飾美術のデザインを使って、廃屋を芸術的にリフォームして、始めの廃屋の姿であった価値の失われた建物を装飾的美術によって付加価値を創出して、その廃屋の建物をまったく新しい価値あるユーゲントシュティール様式の建物に変えてしまうということ。これがフォゲラーが行っていたことであり、彼はその意味では、単なる画家ではなく、建築や生活用品や室内インテリアに自然のデザインを生み出してゆく総合インテリア・デザイナーであったということなのです。

( このようなことは、始めはなかなかピンとこなかったのですが、五井野正博士の信州での講演会の時に、競売で落札された物件が、様々なインテリアの工事をされてゆく中で、まったくあたらしい姿になってゆくことを、講演会のおりに、わずかな時間の中で断片的に見学などをしたときに知り、始めは価値の低いものであっても、人が装飾的に付加価値を創出してゆくことによって、それがまったく新しい建物に変化してゆくということを僅かな見学を通して見てきたので、フォーゲラーのことを調べてゆくうちに、フォーゲラーが行っていたことが反対によく見えてきたのです。普通なら文章を読んだだけでは、あまりそのことが重要に感じられないで意識に残らないと思います。)

◆ そしてこのようなフォーゲラーの芸術村のことを調べてゆくうちに、日本の白樺派の人々が求めていた世界とは、本当はこのような藝術的に創出された『島』の世界を自分たちも作りたいと思ったのではないかと思うようになったのです。そしてそのような藝術的な『島』の世界の元型は、もともと日本の江戸時代の江戸という庭園都市の中にあった日本人の藝術感覚であったのです。でも白樺派の人々が『新しき村』を作ってゆく頃には、いつのまにか、このような始めにあった視点はなくなってしまったのではないかと思われますし、それは白樺派の人々が文学者達の集まりであって、フォーゲラーのような総合インテリア・デザイナーがいなかったからかもしれません。

◆ それは『逝きし世の面影』と言う本の中に述べられています。外国人が見た西洋化・文明化される以前の古い日本の世界とは、『妖精の棲む小さくてかわいらしい不思議の国』であると述べられていました。私達日本人は、この言葉の意味が理解できるでしょうか。この言葉の意味は、ジャポニスムを通して、森や林や様々な植物や昆虫などの自然の世界がデザイン化されたユーゲントシュティールの様式が、単に絵画の世界のみならず、建築や生活用品にいたるまで顕されてきたのです。自然世界のデザイン化された世界こそ、実はキリスト教によって忘れられた過去の懐かしい妖精の世界が形を変化させて、19世紀の西欧人・ドイツ人達の生活空間の中に入ってきたのです。

◆ そして装飾的に作り上げられた『島』の世界は、現実の世界とは違う別の芸術的な世界が、その『島』の中に顕わされてくるのです。それはある意味では、惑星ソラリスの世界であり、オムネク・オネクの世界でもあり、一人の芸術家の想念の世界が、一つの地域の世界の島に顕されてくるのです。そしてこのような縮図は、五井野正博士が述べられていた北方領土を芸術の島にしてゆくということと、どこかで繋がっているのかもしれません。(あくまでも個人的見解です。)

◆ なぜなら西欧人には、日本の江戸時代の人々のように、自分の住んでいる生活空間や生活環境、そして地域社会などを顕す『島』の世界全体を芸術的な美意識によって作り替えようとする意味で、江戸時代の日本人のような感覚が、まったくなかったからと思うです。それがドイツのユーゲントシュティールの様式のような装飾美術は、建築や建物のデザインから日常の生活用品に至るまで、自然の世界のデザイン化、つまりジャポニスムの作用とは、日常生活の中に、妖精が住んでいるような、西欧がキリスト教化される以前の、汎神論の世界が創出されてきたと、どうしても思えてくるのです。

◆ どうして『逝きし世の面影』の本の中で、江戸に来日した外国人達が、日本の庭園都市文化を見て、日本とは、妖精の住む国であり、不思議の国のアリスの世界と述べたのか、その理由の一つを探る手だてとして、フォーゲラーの創出した白樺の世界は、西欧化・文明開花される以前の古い日本の姿がどのようなものであったのか、そのことを僅かに知る手がかりとして現代の私達日本人に示していると思われてならないのです。ユーゲントシュティールのもともとの起源は、江戸時代の日本の中に隠されていたと・・・(参考文献・ハインリヒ・フォーゲラー伝)

ユーゲントシュティール(ウィキペディアより)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%82%B2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%AB
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水と木の精霊の守り人

Author:水と木の精霊の守り人
 浮世絵の中に描かれている宗教・歴史・信仰・民俗学・古典などに深い関心があり、『精霊の守り人』のファンです。また、浮世絵の影響を受けたフランス印象派やジャポニスムに関心を持っています。
( Impressionnistesとは、正しい翻訳では、印象派と訳すのではなく、フランスの浮世絵師と訳すのが正しい翻訳であるそうです )
特に浮世絵の研究者でもあり、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士のファンの一人です。博士の講演の中で、ジャポニスムとは、日本趣味ではなく正しくは、~イズム(ism)とはその人の生き方・精神を顕わして日本趣味ではなく、日本主義と訳すのが正しい翻訳であるそうです。また内部被曝問題に関心があります。日本GAP・アダムスキーやオムネク・オネクに関心を持っています。

◆ このファンサイトの主旨
 
 このファンサイトは、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士の個人的・非公式非公認ファンサイトです。これまで博士の芸術論講座や講演会に筆者が参加して、個人的に主観的に思ったこと考えたことが書かれています。ですから客観的な公式・公認の情報ではありません。

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