五井野正 博士ファン倶楽部  浮世絵と印象派を通して学ぶ自然世界

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白樺派の『木霊の世界』                                              ドイツ・ハインリヒ・フォーゲラーの白樺の館の世界 

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( 中央に描かれている五人の肖像画は、千葉県我孫子市にある白樺文学館・HPよりの転写となります。上段左側より柳宗悦・柳兼子、下段左側より、志賀直哉、武者小路実篤、バーナード・リーチになります。彼らは、極東のヴォルプスウェーデに集まってきた人々です。)

『 1911年の「白樺」12号は、フォーゲラー特集号となり、1912年(大正元年)には、フォーゲラーによる白樺の会のマーク到着にともない、10月から約2年半にわたって毎号「白樺」の表紙や裏表紙・扉を飾ることになったのであった。

  1914年、中島兼子と結婚した柳宗悦が6年半ほど移り住んだ千葉県手賀沼のほとりの我孫子は志賀直哉や武者小路実篤などの同人たちが続いて移住し、バーナード・リーチが柳邸内に仕事場を持つなどして「白樺」周辺の友人たちの訪問を交えて濃密な親交の地となり、短時日のうちに一つの芸術村となっていた。

  ある研究者によれば、我孫子は1918年(大正7年)11月に日向で開かれる武者小路の「新しき村」構想孵化の場となっており、この我孫子芸術村誕生には、19世紀末ヨーロッパに生まれた芸術村の思想が木霊しているという。

  確かに「白樺」にはフォーゲラーの作品とともにヴォルプスウェーデも美しく紹介されており、同人たちにはヨーロッパ芸術村の共感が注ぎ込まれていることは十分考えられる。その意味では我孫子は極東のヴォルプスウェーデであったのである。

  北ドイツの芸術村のヴォルプスウェーデのフォーゲラーは、絵画、版画、挿絵、装飾デザイン、建築などの幅広いユーゲントシュティールの芸術家として知られるが、後半生における社会主義の画家時代の「複合絵画」や自然と共存する鉄道建設における芸術的業績は一般的に知られていない。

  また白樺派によるロダン、ゴッホ、ゴーギャン、ルノワールなどの西洋美術の紹介は広く知られているが、最初期に白樺の同人たちがその精神の権化とし理想の芸術家として注目したフォーゲラーは抜け落ちて忘れられている。』

◆ 上記は、ハインリヒ・フォーゲラー展図録・『1910年ーハインリヒ・フォーゲラーそして日本』と言う文章を書かれている東京ステーションギャラリー学芸部長・松田重昭氏の文章からの抜粋です。

◆ 何故か、私はこの文章が大変気になっていたのですが、それは五井野正博士の浮世絵やゴッホのジャポニスムそして、ゴッホのことを日本に紹介した白樺派の文学者達のことを、講演会などで聞いてから、仕事の合間の休日の時に、何回かこの千葉県我孫子市の手賀沼にある白樺派の拠点となった場所を訪れていたからです。

◆ しかし、これまでどうして、このような地域に白樺派の人々が移住をしてきたのか、よくわかりませんでした。もともとは、白樺派の同人の一人である柳宗悦の叔父が、その当時は、別荘地でもあった我孫子の手賀沼の地に私立学校を建てる計画をしていたのがとん挫して、それでその後柳宗悦が、柳兼子と結婚してこの我孫子の地に移転してきたと伝えられています。

◆ しかし、今上記のような白樺派草創期には、多くの同人のメンバーがドイツのユーゲントシュテイールの画家ハインリヒ・フォーゲラーのヴォルプスウェーデの芸術村の影響を受けていたということで、手賀沼はたまたま柳宗悦の叔父の私立学校の経緯から、彼が偶然移転して来たというよりも、その手賀沼と言う当時の別荘地の地が、ドイツのヴォルプスウェーデの地とシンクロしている部分があると、若き柳宗悦がどこかで直観として感じた結果かもしれないと思えてきたのです。

◆ もちろんそのことを裏付ける証拠はありませんが、一つ言えることは、自然環境的にヴォルプスウェーデも我孫子の手賀沼の地も沼地であり湿地帯であるということが言えるかもしれません。しかし、私は個人的にはもう一つ例外的見解を持っています。それは柳宗悦自身の感性が若い時は普通でなく、霊感のようなものを持っていたのではないかと思っているのです。

◆ これはあまりオープンになっていないことですが、柳宗悦は、明治の43年に発刊された白樺の9月号・10月号の中で『新しい科学』と言うテーマで驚くべきことを書いているのです。それは精神感応や霊視能力や心霊の物理的現象を研究する超心理学・4次元科学を『新しい科学』として述べているのです。そのような内容が、白樺の草創期には書かれているのです。

◆ 恐らくこのようなことは、あまりオープンにされてきていたい分野であり、白樺派を研究する人々が文学者であったり、高齢の人々が多いので、このような4次元科学をテーマとした内容が白樺の草創期に書かれていることは、多くの人々が無視してしまうのかもしれません。でも明治43年にそんなことを『新しい科学』として書いていることに度肝を抜かれたような気がしませんか。

◆ しかし、あの時代には、映画『リング』の中でも述べられているように、日本の科学者達の中にも、現在のロシアやソ連邦で研究されている4次元科学を真剣に物理学的に研究しょうとしていた科学者が存在していた時期でもあり、その頃の影響が白樺の中に柳宗悦を通して残されているのです。

◆ 私は、始めてこの柳宗悦の『新しい科学』の記載を読んで大変驚くとともに、この人は普通の人と違って、霊感的な能力が若いときにはあったのではないかと思うようになりました。(あくまでも個人的見解です。)それに面白いことに、心霊現象では彼はニュートンの万有引力・重力の法則に違反することが起きると書いています。

◆ そのようなことで、柳宗悦の感性の中では、我孫子・手賀沼の自然風景やその中の何かとフォーゲラーのヴォルプスウェーデの世界がどこかでシンクロしていたのではないかと直観的に感じていたと思えてならないのです。そしてもしかしたら、彼は仙人の素質があったと・・・・後々の民芸運動を知るとすごいなと思います。

◆ そしてその上で思うことですが、本当は白樺派は、『新しき村』を長野に作るべきであったのではないかと思うのです。そのような話は、候補地の一つとして上がっていたのです。でも九州に行ってしまいました。でもフォーゲラーの白樺の木霊の世界ならば、それは『白樺』とは、ドイツでありロシアであり、それは日本では、北方の北の方角の世界・長野・信州であると思うです。
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水と木の精霊の守り人

Author:水と木の精霊の守り人
 浮世絵の中に描かれている宗教・歴史・信仰・民俗学・古典などに深い関心があり、『精霊の守り人』のファンです。また、浮世絵の影響を受けたフランス印象派やジャポニスムに関心を持っています。
( Impressionnistesとは、正しい翻訳では、印象派と訳すのではなく、フランスの浮世絵師と訳すのが正しい翻訳であるそうです )
特に浮世絵の研究者でもあり、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士のファンの一人です。博士の講演の中で、ジャポニスムとは、日本趣味ではなく正しくは、~イズム(ism)とはその人の生き方・精神を顕わして日本趣味ではなく、日本主義と訳すのが正しい翻訳であるそうです。また内部被曝問題に関心があります。日本GAP・アダムスキーやオムネク・オネクに関心を持っています。

◆ このファンサイトの主旨
 
 このファンサイトは、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士の個人的・非公式非公認ファンサイトです。これまで博士の芸術論講座や講演会に筆者が参加して、個人的に主観的に思ったこと考えたことが書かれています。ですから客観的な公式・公認の情報ではありません。

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