五井野正 博士ファン倶楽部  浮世絵と印象派を通して学ぶ自然世界

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五井野正博士『ジャポニスムとは、日本主義である。』          源氏後集余情・第三の巻

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 ( 三代 歌川豊国 1858年 安政5年 )

◆ この浮世絵は、偐紫田舎源氏の第3編の表紙絵を題材に描いたものです。中央に描かれている二人の唐の子供の人形が支える大きな鏡は、実はこの浮世絵の右側には、もう一枚原画があって、そこには田舎源氏を接待するために身支度をする空蝉(物語では空衣)の姿があって、この大鏡には、その支度をする空蝉の姿が写っているのです。

◆ そして茶碗を持って左側に立っている子供が、彼女の弟で君吉(小君)を表すしているようです。源氏物語の第三の巻は空蝉ですが、源氏は空蝉と関係を持つために、彼女の弟である小君を使っていろいろと姉である空蝉に接近しょうとしたようです。以下はウィキペディアより空蝉についての解説です。

 空蝉の生涯

元々は上流貴族の娘(父は中納言兼衛門督)として生まれ育ち、宮仕えを希望したこともあったが、父の死で後ろ盾を失った。そのため心ならずも、伊予介(伊予国(現在の愛媛県)の国守の次官)を務める男の元に後妻として嫁ぐ。

伊予介の前妻の娘(軒端荻)とはほとんど同年輩というかなりの年の差結婚で、伊予介は空蝉を非常に愛していたが、当の空蝉は受領の妻という下の身分に零落したことを恥じており、夫への愛も薄かった。

彼女の幼い弟の小君も共に引き取られていて、小君は後に源氏に仕えて源氏と空蝉の文使いなどもした(後に源氏が須磨に蟄居した時は、姉と共に常陸へ下っている)。

ある時義理の息子の紀伊守邸で、折しも方違中で彼女の噂を聞いていたことから興味本位に忍んできた源氏と情を通じてしまう。若く高貴で魅力的な源氏の求愛に心の底では空蝉も惹かれ悩みながらも、聡明な彼女は身分が釣り合わない立場であることを理解していた。

一度は身を許したものの、その後はいくら源氏に掻き口説かれても誇り高く拒んで決して靡こうとはせず、その後夫に従って京を離れた。

皮肉にも、驕慢な貴公子であった源氏にとって、空蝉の拒絶が彼女を忘れられない存在にした。その後「関屋」帖で二人は再会するが、間もなく夫を亡くした空蝉は出家、源氏は尼となった彼女を二条東院に迎えて住まわせた。
                                    ( ウィキペディアより )
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水と木の精霊の守り人

Author:水と木の精霊の守り人
 浮世絵の中に描かれている宗教・歴史・信仰・民俗学・古典などに深い関心があり、『精霊の守り人』のファンです。また、浮世絵の影響を受けたフランス印象派やジャポニスムに関心を持っています。
( Impressionnistesとは、正しい翻訳では、印象派と訳すのではなく、フランスの浮世絵師と訳すのが正しい翻訳であるそうです )
特に浮世絵の研究者でもあり、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士のファンの一人です。博士の講演の中で、ジャポニスムとは、日本趣味ではなく正しくは、~イズム(ism)とはその人の生き方・精神を顕わして日本趣味ではなく、日本主義と訳すのが正しい翻訳であるそうです。また内部被曝問題に関心があります。日本GAP・アダムスキーやオムネク・オネクに関心を持っています。

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