五井野正 博士ファン倶楽部  浮世絵と印象派を通して学ぶ自然世界

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五井野正博士『ジャポニスムとは、日本主義である。』                 源氏後集余情 関屋・第五十一巻 

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( 歌川豊国画 1858年 安政5年 )

浮世絵の成立過程

  源氏物語自体は、平安時代末期に紫式部により執筆されたわが国初の長篇恋愛小説であり、全体で五十四帖からなっている。主人公 光源氏の一生が「桐壺」から「幻」まで、光源氏亡き後の子孫の物語りが「匂兵部卿」から「夢浮橋」までという構成になっている。源氏物語を題材にした絵画を総称して「源氏絵」といい、絵巻物や屏風、扇面 などに描かれている。

 この源氏物語も六百年後の江戸時代後期ともなるとすでに古典であり、題名は知ってはいてもその雅びやかな王朝文化を伺い識るものは少なかったのである。そういう時代に原作柳亭種彦、挿絵歌川国貞による合巻本「偐紫田舎源氏」(注1)が登場するやたちまちベストセラーとなり、源氏ブームを巻き起こしたのである。「 偐紫 」としたのは、作者を偽紫式部とし、また似せ紫の意も込めている。「田舎源氏」とは、卑俗、まがい物を意味している。

 「偐紫田舎源氏」は、原典の「源氏物語」と登場人物の名前は似通ってはいるが物語の展開は大きく異なり、足利光氏を主人公とし時代を室町時代の応仁の乱前後に移し、山名、細川の争議を中心としたお家騒動を取り上げた勧善懲悪の物語となっている。

  当時「南総里見八犬伝」で有名な滝沢馬琴は、戯作者として自他共に認める第一人者であるというプライドを刺激されたのか「あれは種彦の戯作よりも国貞の挿絵で売れたようなものだ」といったという。種彦の大衆受けする文体表現、ストーリー展開に加え宮廷生活を彷佛とさせる国貞の描写 は絶賛をもって迎えられ、やがてそのブームにより以前のものとは少々異なった意味合いも込められ『源氏絵』(注2)と呼ばれるジャンルが確立されるにいたり、他の絵師も手掛けるようになる。源氏ブームは大名から武士、一般 庶民に至るまで浸透し、源氏絵に出てくるそのままの着物、髪型、キセル、煙草盆の道具類が流行したのである。

(注1)合巻本:絵入り小説の一種。数冊をまとめて綴ったのでこの名がついた。
(注2)紫式部の「源氏物語」以外に「偐紫田舎源氏」の場面を描写したものをも(むしろこちらの方を主として)『源氏絵』と呼ぶ事。( 上記は、歌川派門人会のホームページの中の源氏絵の説明より抜粋です。下記はホームページとなります。)
   
                財団法人 歌川派門人会                   

◆ 上記は、源氏絵についての解説文となりますが、歌川派門人会のホームページの中の『源氏絵』の解説文よりの一部抜粋となります。詳しい内容については、歌川派門人会のホームページを閲覧してみてください。

◆ ただその中で言及されていることは、やはり源氏絵の世界と源氏物語の世界は、まったくの同一ではなく、源氏絵という名称が付加されているにしても、源氏物語の内容を中心に作成されたものではなくて、どちらかと言えば、絵柄や色彩などの浮世絵を中心に描かれているものであるということになると思います。 

◆ またその舞台についても、源氏物語のように平安王朝の世界ではなく、主人公の光源氏を足利光氏として、室町時代を舞台として、間接的に江戸幕府の大奥の世界を顕しているとされて、それも原作の源氏物語がかなりパロディー化されているために、江戸庶民に広くブームとなって源氏絵の世界が流行したという社会現象があったとされているようです。

◆ そのような側面よりみれば、紫式部の源氏物語と江戸時代にブームとなった源氏絵の世界とは、その時代に応じて原作から乖離して表現されていることも当然のことと思われますし、文章を中心として源氏絵ではないにしても、浮世絵の優美で雅な色彩の世界から、江戸庶民は大奥の世界を想像したり、また紫式部の源氏物語に関心を持つような人々もいたことでしょう。

◆ つまり、源氏物語と源氏絵の世界とは、まったく別のものと考えるよりも、相補性があったものと考えるべきであって、もしまったくそうでないのなら、『源氏絵』と言う名称を付加する必要性がそもそもないわけであってやはり、原作とは乖離しているものの、そこにはやはり繋がりがあると思うのです。

◆ その中で筆者が特に個人的に関心を持つ理由は、実はこの源氏絵の世界を、後期印象派の画家ヴィセント・ファン・ゴッホが多数コレクションをしていたという事実と五井野正博士の『歌川派浮世絵展』の世界の中で、五井野正博士が、ヴァン・ゴッホをこの源氏絵の世界に入れて、源氏絵の世界に転生させて描いているからなのです。

◆ それもゴッホのみならず、ゴッホの友人だったゴーギャンやゴッホの弟のテオも、この源氏絵の世界の中に転生して描かれているのです。そしてその源氏絵の世界の中で楽しんでいる姿が描かれているのです。ゴッホは、日本に行きたかった。だから切腹して幽体となっても、日本に行く知人に憑依しても、日本に行きたかったとされています。

◆ そしてそのようなゴッホの魂を五井野正博士が理解されて、日本の源氏絵の世界に、ゴッホのみならずゴーキャンもテオも描いているのです。そのように考えるとこの源氏絵の世界とは、いったいどのような意味づけが隠されているのてしょうか。源氏絵とは、単なる江戸時代の風俗画で、単なる浮世絵のジャンルとしての意味だけなのでしょうか。

◆ またこのヴィセント・ファン・ゴッホという画家についても、彼は単なる画家ではなく、ナザレのイエスの問題を解決するために、金星という天界から降りてきた人とされており、ナザレのイエスの流れを受けている人なのです。その人が源氏絵の世界の中に転生していている姿とは、いったいどのような意味を絵画の姿を持って顕しているのでしょうか。

◆ このことは、源氏絵を『宗教画・階層世界』として理解するのであれば・・・・恐らくそこに深い意味が見いだされるような気がしてならないのです。( あくまでも個人的見解です。何故なら、江戸時代末期に日本に来た外国人は、日本を不思議の国のアリスと表現して、小さなお伽の国として理解していたのですから。お伽の国のお伽草子が源氏絵ではないでしょうか。)

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水と木の精霊の守り人

Author:水と木の精霊の守り人
 浮世絵の中に描かれている宗教・歴史・信仰・民俗学・古典などに深い関心があり、『精霊の守り人』のファンです。また、浮世絵の影響を受けたフランス印象派やジャポニスムに関心を持っています。
( Impressionnistesとは、正しい翻訳では、印象派と訳すのではなく、フランスの浮世絵師と訳すのが正しい翻訳であるそうです )
特に浮世絵の研究者でもあり、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士のファンの一人です。博士の講演の中で、ジャポニスムとは、日本趣味ではなく正しくは、~イズム(ism)とはその人の生き方・精神を顕わして日本趣味ではなく、日本主義と訳すのが正しい翻訳であるそうです。また内部被曝問題に関心があります。日本GAP・アダムスキーやオムネク・オネクに関心を持っています。

◆ このファンサイトの主旨
 
 このファンサイトは、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士の個人的・非公式非公認ファンサイトです。これまで博士の芸術論講座や講演会に筆者が参加して、個人的に主観的に思ったこと考えたことが書かれています。ですから客観的な公式・公認の情報ではありません。

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