五井野正 博士ファン倶楽部  浮世絵と印象派を通して学ぶ自然世界

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五井野正博士『ジャポニスムとは、日本主義である。』               太夫・越前屋内・勝山( 男装の傾きもの )


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( 古今命婦傳の浮世絵画像は、ネット検索によるものです。)

『  
   遊女(湯女) 勝山 人物来歴

勝山は元、丹前風呂と呼ばれる私娼窟をかねた風呂屋の従業員(湯女)であったが、そのころから派手な出で立ちで評判になっていたらしい。髪は自分で考案した上品な武家風の勝山髷(丸髷)に結い、腰に木刀の大小を挿して派手な縞の綿入れを着て歩き回り、江戸の若い女性達はこぞって彼女の風体を真似たという。

しかしどれほど人気があるといっても丹前風呂は私娼窟であって、建前上公娼を置いている吉原以外での売春行為は違法であった。幕府は吉原からたびたび出される要請もあって商売敵となる湯女や飯盛女などの厳しい取締りを行っていた。

勝山も後に警動(私娼窟の一斉捜査)で逮捕され、そのまま吉原に身柄を引き渡されて遊女となった。岡場所と呼ばれる私娼窟で働いていた女達などの一部は逮捕されたのちに吉原に身柄を移されて遊女となる刑罰を適用されるが、もともと人気のあった彼女は吉原に勤めてのち最高位の太夫にまで上り詰める。彼女の贔屓客になって吉原に登楼してくる諸大名の家臣や豪商によって諸藩に知られる存在となった。

彼女の人気の程は、大阪の井原西鶴が『西鶴織留』の中に一代の名妓として彼女を紹介していることからも伺える。また、人品卑しからぬ容姿と武家風の好みから、勝山は零落した武家の娘であったという説もあるが湯女になる前の前歴は不明である。湯女時代に武家の使用人である旗本奴に人気が高かったこともあり、勝山の好みは男っぽい、武家がかったものが多かった。

後に丸髷とも呼ばれる武家風の勝山髷は上品な印象から武家の奥方などにも好んで結われるようになり、当時の識者を嘆かせたという。

現在どてらとも呼ばれる広袖の綿入れ「丹前」も彼女が考案し贔屓客の旗本奴や侠客に広まった。丹前風呂は堀丹後守の屋敷前という土地柄もあってか血気盛んな若者が常連客に多く、彼らのような江戸初期の若者の派手な好みを丹前風とも言う。

以下は勝山が考案し、愛用したとされる品々である。

勝山髷:髷が大きな輪になっている華やかな武家風の髷。
勝山草履:鼻緒が朱色で二本ある草履。
丹前:派手な縞柄の広袖の綿入れ。袖口などが別布で覆われている。
またのちに「花魁道中」と呼ばれる吉原の「外八文字」を踏む道中の足どりは彼女の考案という説がある。 それまでは京都・島原の太夫道中に倣って、吉原も「内八文字」の道中をしていたという。
( ウィキペディアより )

  勝山髷(かつやままげ)

女性髪形の一種。元禄(げんろく)時代(1688~1704)遊女勝山から始まった髪形。江戸時代初期に覆面の禁止令が発布されてから、男女とも素顔で歩くようになり、自然にいろいろな髪形を生じた。その多くは、遊女から始まったものであるが、勝山も湯女(ゆな)の禁令に伴って吉原に移り住み、一世を風靡(ふうび)した遊女である。結い方は、根のところで大きな輪をつくって、毛先を髷(まげ)に組み入れる。髷の輪が丸いので、別名の丸輪髷(まるわまげ)を略して丸髷といった。当初の形は輪が縦に長いものであったが、後世には横長となった。流行に伴い、諸侯の夫人までがこれを結い、武士以下百姓に至るまで女房の髪形を代表するようになった。
                                    ( 日本大百科全書 )より                  』

◆ 上記は、ウィキペディア等のよりの引用となりますが、下段の浮世絵は、ネットよりの引用となりますが、男装の武家風の勝山の姿が描かれています。勝山は、もともとは丹前風呂の湯女から、吉原遊郭に行き、湯女時代からの人気もあって太夫まで登り詰めたそうです。

◆ つまり私娼から公娼になって太夫となった人ですから、普通に考えても、廓の中に敵が大勢いたような気がします。しかし、このような彼女のファツションセンスから、在る程度、彼女がどのようなキャラクターであったのか推測できるのではないでしょうか。また彼女の遊客もわかりそうな気がします。

◆ それは湯女上がりの勝山の武家風の髪髷に、腰に木刀を二本さして、派手な着物を着ていたと言う彼女の姿を見ると、勝山は、出雲の阿国や白拍子のような流れを汲んでいるように見えてきます。特に白拍子は帯刀して舞踊する男装の麗人と言われていましたので、そして出雲の阿国は、元祖傾きものでしたから、このような男装の麗人で傾きもののキャラクターの流れが勝山の性格の中にあるのかもしれません。そしてこのような人が白拍子と出雲の阿国が合体して当時の流行を作り出していたのです。

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水と木の精霊の守り人

Author:水と木の精霊の守り人
 浮世絵の中に描かれている宗教・歴史・信仰・民俗学・古典などに深い関心があり、『精霊の守り人』のファンです。また、浮世絵の影響を受けたフランス印象派やジャポニスムに関心を持っています。
( Impressionnistesとは、正しい翻訳では、印象派と訳すのではなく、フランスの浮世絵師と訳すのが正しい翻訳であるそうです )
特に浮世絵の研究者でもあり、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士のファンの一人です。博士の講演の中で、ジャポニスムとは、日本趣味ではなく正しくは、~イズム(ism)とはその人の生き方・精神を顕わして日本趣味ではなく、日本主義と訳すのが正しい翻訳であるそうです。また内部被曝問題に関心があります。日本GAP・アダムスキーやオムネク・オネクに関心を持っています。

◆ このファンサイトの主旨
 
 このファンサイトは、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士の個人的・非公式非公認ファンサイトです。これまで博士の芸術論講座や講演会に筆者が参加して、個人的に主観的に思ったこと考えたことが書かれています。ですから客観的な公式・公認の情報ではありません。

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