五井野正 博士ファン倶楽部  浮世絵と印象派を通して学ぶ自然世界

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『生き方は星空が教えてくれる』 木内鶴彦著                     自分の過去と未来を見て来た不思議体験

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◆ 上記の本は、世界的なコメット・ハンター( 彗星探索家 )である木内鶴彦氏が体験した不思議な臨死体験の内容が書かれている本です。木内さんは、有名な彗星探索家なのですが、私は天文学に詳しくなく何もわからなかつたのです。実は、私が木内さんのこの本にたどり着いたのには、いろいろと道筋がありました。

◆ 実は、長野県の佐久市の臼田町という小さな街は、別名『星の街』と言われていまして、この小さな街の中を歩くと、至る処に、おとめ座通りとか、射手座通りとか、双子座通りとか言う星座の名前が付いていて、小さな街の中に天空の星座の世界が顕されているのです。歌で言えば『地上』に降りた星の世界なのです。

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(上段は、長野県佐久市臼田町の稲荷山公園にあるコスモタワーです。このロケットの形をしたタワーの展望台から、天の川に見立てた千曲川の流れを見ることができて、その千曲川を天の川として、臼田町内の道路に、天の川の流れている方角に合わせて、星座通りの名称が、それぞれの道路に付けられている。下段は、恐らくおとめ座通りで、夜空の星空の世界を地上の臼田町の世界に下ろしたようにして、星の街の名称がつけられており、この発案者が、この本の著者である木内さんなのです。)

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(上記は、天の川と天の川の見立てとしての千曲川です。中央は佐久総合病院 右側は浅間山です。)

◆ でも、なんでこんな小さな街が『星の街』と言われているのかと言いますと、実はこの街の外れの山奥に、東洋一の電場望遠鏡があるのです。私は、七次元よりの使者の影響で、どうしても山奥のパラボラアンテナのある電波望遠鏡の世界に関心があって何回か訪れて、山中の巨大な電波望遠鏡の姿を見て感慨に耽っていました。

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(上記は、臼田町の山中にある東洋一の電波望遠鏡です。とても巨大なもので、臼田町から離れた山奥の山頂にあるものです。)

◆ それで近郊の星の街と呼ばれるこの小さな街中を歩いて、だれもが感じることでしょうが、この地上に降ろした星座の位置は、天空の星空の世界のどの方角の星空を地上に書いて降ろしたのか、この星座通りを作成した人は天文学やホロスコープに詳しい人に違いないと思いました。

◆ そこで市役所が運営している街の天文館の施設の人に聞いてみたのです。天文館には、プラネタリウムや大きな天体望遠鏡が設置されていて、惑星や星座を観察する社会教育の場でもあったのです。

◆ すると職員さんの中でも、専門に詳しい人もあまりいないようでしたが、一人の職員さんから、星の街・臼田の星座通りが、臼田の街を流れる『千曲川』を銀河系の天の川に見立てて、実は『木内鶴彦』さんという天文家の方が、臼田街の星座通りの名付け親なのだよと説明してくれました。

◆ そしてその時に上記の『生き方は星空が教えてくれる』という本を紹介してくれたのです。私は、この職員さんの話を聞いて、千曲川を銀河の『天の川』に見立てて名付けるなんて、なんてすごい人だと思いました。そして電波望遠鏡のパラボラアンテナの姿と『天の川』の世界が、この小さな星の街の世界の中に顕れているようで、不思議な感覚を持ったのです。

◆ それからしばらくして、どうしても教えられた本を読んでいないことが気になって、しばらくしてから、ネットで本を取り寄せて、近所のスパー温泉でくつろぎながら、読み始めた処、私は大変驚いたのです。何故なら、この本は、木内さん本人の『臨死体験』の本であったからです。それも単なる臨死体験の本ではないのです。

◆ 普通であれば、私は大学時代に臨床心理学とか、いろいろ囓ったので、臨死体験の話は、いろいろと聞いているし、それは映画などにもなっていますが、私が木内さんの臨死体験に大きな刺激を受けたのは、死んでから、アストラル界に行ったとか、天国を見てきたとか未来の日本や世界を見てきたとかということではないのです。

◆ もちろんそのようなことも、この本の中には書かれているけれど、わたしが関心を持ったのか、臨死体験によって、過去の自分の時間の世界に戻ったということなのです。そしてそこで過去の自分を見ているのです。

◆ 『過去の自分の時間にもどる。』これって前回のブログで書きました『バタフライエフェクト 』の世界なのです。『バタフライ・エフェクト』の映画の世界では、日記の持つ不思議な時間で、過去の自分の世界に戻って、そこで、現在と未来の運命や宿命を変えてゆくこと映画てしたが、木内さんの場合には、それが日記ではなく、『臨死体験』によって、過去の子供の頃の自分の時間の世界と反対に未来の自分の世界を見てきたという体験が含まれているのです。

◆ つまり、『バタフライ・エフェクト』は、映画の世界だから、架空の世界の話であると思う人が多いと思いますが、この木内さんの臨死体験は、人間は、過去の時間に戻ることも、未来の時間を見ることもできるということを体験として述べているのです。

◆ 結局、木内さんの場合には、臨死体験で、幽体は現実の肉体に戻って、死という形には至らなかったのですから、この体験の意味する処は、私たちにとって、人間には過去や未来の時間帯を往復することができる能力があるということを意味しているのです。

◆ 詳しい内容については、ブログで全て書けませんが、興味あることは、過去の時間帯に戻って、過去の自分に声をかけるのです。それは木内さんの記憶では、その子供の時に、どこからか声が聞こえて、危険から救ってくれたという不思議な体験なのですが、それがだれが自分に声をかけてくれたのか、ずっとわからなかったのです。

◆ それが臨死体験で過去にもどった時に、声をかけたのは、実は自分だったということに気付くのです。あれ、この話、どこかで聞きませんでしたか。実は『七次元よりの使者・0巻』のアインシュタインの光を越えた場合にどうなるのかという箇所で書かれていたことなのです。ですから、その具体的事例が、この本の中に書かれているのです。

◆ 私はこの本を読んで、幽体が過去の時間に戻るためには、普通の幽体ではだめで、やはりコーザル体のような処まで行かないと時空間を移動して、往復できないのではないかと思いました。そして木内さんの体験では、彼は、天文学者ですから、天体の創成に関心があるので、地球の創成の時間まで遡って、その現場を見て体験してきたそうです。

◆ そのようなことで、この本はとても考えさせられる本であると思います。その他に地球の変動や日本の変動のことについても少し書かれていますので、もしそちらの方面に関心のある方も、一度読んでみるといろいろと考えることが多いと思います。でもこの本は、『バタフライ・エフェクト』の世界の現実の世界の実例なので、とても貴重な本であると思います。


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■追記 木内さんが過去世界で見てきたナザレのイエスとマグダラのマリアの姿■

◆ つい最近になって、木内鶴彦さんの著作の中で、過去のナザレのイエスが生きていた時代に遡って、ナザレのイエスの姿を見てきたという記事を知り、大変に驚きました。それはナザレのイエスが現在のキリスト教の中で伝えられている姿と異なって、ユダヤの砂漠の地で緑化運動をおこなっていたということでした。つまり砂漠化している土地を緑化して、作物を作り農業生産物を増やして、自然の世界と共に生きてゆくという里づくりのようなことを運動として行っていたということなのです。

◆ 恐らくこのようなことは西洋のキリスト教世界の中ではけして伝えられていないことですが、しかしとても道理にかなっていることであると思うのです。それは、遊牧民の民の宗教であるユダヤ教というよりも、砂漠を緑化して自然の中で生活してゆく道教の世界に近いと思われてなりませんでした。本当のナザレのイエスの姿は、木内さんが伝えていることが真実の姿であって、現在のキリスト教は、全てローマカトリック教会が作り出したもののように思えてきます。以下はその著作からの引用となります。

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(上記は、ロシア映画のノスタルジアの画像。ナザレのイエスの砂漠の緑化運動の姿は、自然の世界と共存しているロシア正教の教えに近いのではないだろうか・・・・・)

あの世飛行士は見た『歴史の有名なあの場面』木内鶴彦+長典男ヒカルランドより

 記憶というのはいったんつながり始めると、思い出せなかったことがバババっとつながり始める。ですが本当に(キリスト教を)信じている人たちは、怒らないでくださいね。私が言っているのは、生死をさまよっている間に(肉体を抜けて)見てきただけの話ですから、そう思ってくださいね。それが参考になるかどうかは別として。

■ そこにイサヤ(イエス)という人がいました。彼のお母さんになる女性は高貴な家の婦人だったけれども、その時代は戦乱の世で、戦いに負けた方の女性たちは勝ったほうの兵士たちに好きなようにされてしまうわけで、その女性は普通ではあり得ないような懐妊をしてしまった。でもそのことは人には言えない。

もし言ってしまうと自分が罰せられるので、身ごもっている子どもは誰かの子どもだということにする必要がある。それでこの女性の身の回りを見てくれていたある男性が、自分の子どもだとして、この女性の旦那になることを引き受けてくれたので、子どもを産むことになりました。イサヤ(イエス)はちょっと変わっていました。

 当時のユダヤ教というのか、あの当時の人々の考え方は少し腐敗していました。彼は自然界について考えたけれど、結局は、人間はどうあるべきかという哲学的なことを良く考えた。その頃キブツがあり、モーゼから村をつくる計画を申し送られており、砂漠を緑地化するという話があってそれに傾倒している人々もいた。

 彼らは自分たちが一生懸命つくった作物を食べていたけれど、一方で納税などと言って、働く人々を下に見ている人たちがおり、人々から取り上げるようなことばかりしていた。そうした酷い理不尽を見ながら、イサヤ(イエス)は人間は本来平等であるはずだとの立場から動き始め、彼がそうした考えを多くの人々に伝えていくにつれ、当然、彼を厄介だと考える人たちが現れるようになった。

 その頃、その地域を治めるためにローマから来ていた人々がいました。その人々の中にも、彼の話に傾倒する人たちが増えてきて、一方でユダヤ正教の中にも彼に傾倒する人たちが現れた。彼の基本的な理念は今の状況と同じで、生きていくために働き、緑を増やしていかなければいけない。砂漠を緑地化するところから始めなければならない。

 そうした形はごく基本的なもので、教会でもどこでも必ず畑などで何かつくり、自給自足のようなことをやり、困っている人に分け与えるというのが本来の形なわけです。そうしたことを昔から唱えて、教えていかなければいけない人々がそれをしなくなり、働く人々を利用するようになってきた。それに対して、違うんじゃないかということを唱え始めたなら、やはり異端と見られるようになる。

 彼(イエス)が一緒に歩いている、ある女性がいました。これは彼の奥さんになる人です。あの時代は、別に結婚式などの宣言をする必要はなく、連れ沿う妻という形があって、子どもができました。今でも言われているように、彼は確かに捕まることは捕まるのですが、その前に自分の奥さんを逃がそうと考え、髪を短くして男性の格好をさせて逃がしてやりました。ユダヤの男のようにして、しかも「ユダ」という名前にして行かせた。

 
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水と木の精霊の守り人

Author:水と木の精霊の守り人
 浮世絵の中に描かれている宗教・歴史・信仰・民俗学・古典などに深い関心があり、『精霊の守り人』のファンです。また、浮世絵の影響を受けたフランス印象派やジャポニスムに関心を持っています。
( Impressionnistesとは、正しい翻訳では、印象派と訳すのではなく、フランスの浮世絵師と訳すのが正しい翻訳であるそうです )
特に浮世絵の研究者でもあり、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士のファンの一人です。博士の講演の中で、ジャポニスムとは、日本趣味ではなく正しくは、~イズム(ism)とはその人の生き方・精神を顕わして日本趣味ではなく、日本主義と訳すのが正しい翻訳であるそうです。また内部被曝問題に関心があります。日本GAP・アダムスキーやオムネク・オネクに関心を持っています。

◆ このファンサイトの主旨
 
 このファンサイトは、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士の個人的・非公式非公認ファンサイトです。これまで博士の芸術論講座や講演会に筆者が参加して、個人的に主観的に思ったこと考えたことが書かれています。ですから客観的な公式・公認の情報ではありません。

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