五井野正 博士ファン倶楽部  浮世絵と印象派を通して学ぶ自然世界

このサイトは、個人的非公認ファンサイトです。

Entries

『ダビンチ・コード』で暗示される十二使徒ペトロと                        マグダラのマリアの対立                  

brJmf5MQBRA4a8K1384599960_1384599981.jpg
a78dC7ywkJzJa2i1384599896_1384599932.jpg
WrGwMsQilMGWUw51384600142_1384600167.jpg


( 上記、ダビンチ・コードの映画ですが、この映画の中には、天国の鍵をナザレのイエスから与えられたとされるペトロに始まるローマ・カトリック教会の肉体を否定した三位一体の戒律世界とそれに対立するマグダラのマリアの人間イエスの肉体の価値を尊重する価値観の対立が、ヨーロッパキリスト教倫理社会の深層に潜んでおり、その対立が西欧社会の歴史を動かしていることを、この映画は端的に顕している。

 ペテロに始まる肉体を悪魔の住処として生命を否定する生命観は、そこから同時に悪魔の宿る肉体の破壊・解体とそれを生み出す自然世界の破壊・解体の価値観を生み出し、このペテロの肉体・自然を悪魔の住処として破壊・解体してゆく価値観を土台にして、近代科学の世界観が成立して、このペテロより始まるカトリック教会の戒律は、そのまま現代医学の世界に引き継がれている。そしてそれは最終的には、病院における抗ガン剤や放射線療法と言う肉体の破壊・分解という形で顕されて、このローマ・カトリック教会の戒律は、現代の医療機関の医師達によって、実践されて完遂されている。)

◆  個人的なことですが、五井野正博士の芸術論講座やゴツホの描いたジャポニスムの絵画に顕された『日本文字』の解読について、これまでの美術概論とは違う奥深い世界を知るようになりました。

◆ そして今まで関心のあまりなかった印象派についての見聞を少しでも広めようと、少し分厚い百科事典のような本なのですが、簡単なことを理解するのには、よいのかなということで、この頃少し開くようにしています。

◆ このような印象派の本について、いつも思うことは、日本のこの種の本の場合は、西欧社会の核心となる宗教問題であるキリスト教の持つ問題について、全然触れられていないということです。

◆ この西欧のキリスト教理の世界、それはカトリック教を土台としたプロテスタントの歴史も含めて、この肝心のキリスト教倫理の世界を無視して、印象派の世界を述べることができるのかどうか、大変疑問に思うのです。

◆ 日本人は、何を解釈して伝える時に、この宗教問題を削除して、無意識的に公務員の世界のような無機質的なものに解釈して伝える悪い癖があるように強く感じるのです。マネのオランピヤやゴッホのジャポニスムの絵にしても、それは、ダビンチ・コードのようにしてもそうです。

◆ 彼らが絵画を通して表現しなければならなかった動機の背景に、西欧のキリスト教社会があり、この倫理が、日常生活のみならず、官製であるアカデミーの規制の中にまで深く入り込んでいたのです。でもその動機を示さないから、印象派が表面的な教養の世界で終わってしまうのです。

◆ もともと芸術や美術は、西欧では、貴族やカトリック教会に仕えるものであり、このような宗教的歴史について土台の認識がないと、印象派がこれまでのキリスト教会に支配された芸術の歴史と伝統に反対して、農民や労働者や娼婦などのナザレのイエスが教えの対象とした人を絵のテーマに書くようになったことは、理解されません。

◆ ある意味で社会変革的なことであり、それが日本の浮世絵の世界によって、彼らが浮世絵の世界を感じて気付いたことだったのですから。つまり、現実のキリスト教会は、ナザレのイエスとは、反対の立場にいた。でもこのようなキリスト教の背景を知らないと、単なる表面的な教養の世界で終わってしまうのです。

◆ ある意味で、印象派とは、西欧キリスト教倫理社会の土台を作り上げた『天国の鍵』を持つと言われたナザレのイエスの弟子ペテロによって創設されたローマ・カトリック教の支配体制を変革することが、19世紀の印象派絵画運動の持つ意味であったと、五井野正博士の芸術論講座を聴くと、私はそのように思われてならないのです。

◆ つまり、ペテロが作り上げたカトリック教会の戒律を変化させることであったかもしれないのです。それは、ナザレのイエスが、当時のユダヤ教の因果律によって支配されている社会に、縁という愛の原理を入れることによって、ユダヤ教を変革してゆこうとしたことと同じ構図なのです。

◆ それは、ペテロによって作られた誤ったキリスト教の流れを印象派の画家たちは、それを絵画と言う縁・愛によって変化させてゆこうとしたと思われてならないのです。でも、これってすごいことだと思います。

◆ そしてこのような構図を理解してゆくと、ヴィセント・ファン・ゴッホが、ナザレのイエスのやり残した問題を解決するために降りてきたという博士の講義は、なんとなく感覚に入るのです。

◆ これはあくまでも個人的推測ですが、ナザレのイエスのやり残した問題とは、ペテロとマグダラのマリアに始まる原始キリスト教会の対立が、ローマ・カトリック教会の戒律社会を生んでしまった、この流れを変えてゆくことなのではないかと。

◆ しかし、五井野正博士の講演会での話を聞くと、この誤ったペテロに始まるローマキリスト教会の三位一体の教義である、イエスを霊的存在のみとする生命観が、近代科学の中の医学の世界の中に解剖医学という形で、人間の肉体を軽視して分解・破壊する形で顕されて、現代の医学の基本倫理を生み出したと書かれています。

◆ それが現代社会では、病院の中での癌治療に、抗癌剤と放射線療法という形で、人間自らの肉体の命を破壊する形となって、医療機関の世界にそれが顕れてきてしまったと考えるのであれば、この印象派のやり残した課題とは、実は最後は病院の中に実は凝縮されている見ることができると思うのです。

◆ つまりそれは、現代の癌治療という形で、ペテロの教義は病院の十字の世界に顕されて、抗癌剤と放射線療法で、三位一体の教義から規定した悪魔の住む場所の規定される『人間の肉体』を破壊してゆく。この肉体の破壊こそが、西欧キリスト教の戒律であったのですから。この戒律が現代の癌治療の世界に入っているのです。

◆ そのようなことで印象派のやり残した仕事とは、現代の医療の世界の問題の中に顕されてそこで、それが癌治療という形となって体を毒ガスと殺人光線でボロボロにしてゆく形として顕されている、この医療の持つ流れを変えてゆくことであると見ることができると思うのです。

◆ そして将来、今回の原発事故の影響で多くの人々の中に、癌や白血病になった時に、再びそこで、肉体の破壊のために、この流れが大きく顕れて、抗ガン剤と放射線療法が広く使われて多くの癌難民患者が発生してゆく可能性があるのです。でも、この病院の中で行われている癌治療の流れを変化させることはなかなかできないのです。

◆ このようなことを述べるとおかしく思われてしまいますが、実はこの病院の中で行われている抗癌剤や放射線療法を際限なく続けてゆく現代の医療の姿こそ、実はナザレのイエスが変革しょうとしたユダヤ教世界に近いということなのかもしれません。いやむしろユダヤ教そのものなのかもしれません。

◆ 癌治療の世界は、完全に因果律に縛られていて、ユダヤ教世界の倫理のように変更が効かないのです。それに対して代替療法とは、その中でナザレのイエスが説いた『愛・縁』の作用に該当すると思うのですが・・・・・

◆ この癌医療が、ユダヤ教の硬直した因果律に縛られている世界と同じよう性質を持っているのです。ですから、病院の中に入って、医師の指示に従うとこのレールに沿って、肉体を破壊してゆくです。

◆ この肉体を破壊してゆくことに変更が効かない医療の世界とは、1+1=2の世界であり、その思考は、直線的思考であり、ベクトルは一つの方向に向いていて、変更ができないで、その流れをずっと病院の中に何十年も医師はやり続けて、肉体を破壊してゆくことを止める思考が働かないのです。ユダヤ教の世界そのままなのです。

◆ そのようなことで、このような西欧のキリスト教の視点より見ると、印象派のやり残した仕事が、現代の病院の中に顕されていて、印象派の世界と医療の世界は、西欧キリスト教の時間の流れで見てゆくと繋がっているように思えます。

◆ ですから、最後の流れは、その肉体を破壊してゆく治療の流れに変化を与えること、これが印象派の人々がやりのこととしたキリスト教倫理社会の課題であると個人的には思わざるを得ないのです。

◆ それは具体的には、このような医療の流れの世界に、ナザレのイエスのように、『愛・縁』の機能を入れてその流れを変えてゆくことなのかもしれません。その『愛・縁』の機能を医療の世界に譬えるのであれば、それが五井野正博士が提示されている東洋医学であると思います。

◆ そしてそのような流れがないかぎり、現実の病院の世界では、ユダヤ教の因果律に縛られた世界のように、抗癌剤と放射線療法による肉体の破壊、際限なく無制限に続けられてゆくと思えてなりません。

lpLwMWkR7AeLBwU.png
2YIXGBQS4T03w4t.jpg
(上段は、WHO・世界保健機関のロゴマークのヘルメスの杖の蛇を顕して、この蛇は、医療・医学のシンホルマークを顕している。下段は、日本郵便から発行されている赤十字思想誕生150年周年記念切手です。私たちはなかなか気付きませんが、実は医療機関とは、ペテロに始まるローマ・カトリック教会の倫理観の結論を実践する機関だったのです。それは癌治療における抗ガン剤や放射線療法による肉体の破壊を、医師が無制限に延々と行っていることを顕しています。)

よかったら押してね!
にほんブログ村 美術ブログ 美術鑑賞・評論へ
にほんブログ村

美術鑑賞・評論 ブログランキングへ

スポンサーサイト

*Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

左サイドMenu

プロフィール

水と木の精霊の守り人

Author:水と木の精霊の守り人
 浮世絵の中に描かれている宗教・歴史・信仰・民俗学・古典などに深い関心があり、『精霊の守り人』のファンです。また、浮世絵の影響を受けたフランス印象派やジャポニスムに関心を持っています。
( Impressionnistesとは、正しい翻訳では、印象派と訳すのではなく、フランスの浮世絵師と訳すのが正しい翻訳であるそうです )
特に浮世絵の研究者でもあり、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士のファンの一人です。博士の講演の中で、ジャポニスムとは、日本趣味ではなく正しくは、~イズム(ism)とはその人の生き方・精神を顕わして日本趣味ではなく、日本主義と訳すのが正しい翻訳であるそうです。また内部被曝問題に関心があります。日本GAP・アダムスキーやオムネク・オネクに関心を持っています。

◆ このファンサイトの主旨
 
 このファンサイトは、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士の個人的・非公式非公認ファンサイトです。これまで博士の芸術論講座や講演会に筆者が参加して、個人的に主観的に思ったこと考えたことが書かれています。ですから客観的な公式・公認の情報ではありません。

最新記事

最新トラックバック

カテゴリ

右サイドメニュー

検索フォーム

Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR