五井野正 博士ファン倶楽部  浮世絵と印象派を通して学ぶ自然世界

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五井野正博士『ジャポニスムとは、日本主義である。』              切手は、小さな芸術作品であり、美術館                    歌舞伎の創始者・出雲の阿国について

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( 下から3番目の彦根屏風切手は、一番下の彦根屏風全体像の中の右側の遊女達を切手にしたもので、左側には山水画の屏風を背景に遊女が囲碁を打って楽しんでいる様子が描かれている。)


◆ 上記三枚の切手の世界は、彦根屏風・婦女遊楽図屏風に描かれている出雲の阿国や遊女達の絵です。江戸時代の浮世絵の世界とは、異なりますが、小さな切手の世界の中に国宝の美術品の世界が描かれていることが、とても不思議に感じるのです。また16世紀の江戸時代の初期頃の遊女達の風俗画ですが、何故かとても楽しそうな雰囲気と着ている服飾の色彩・デザインがすばらしいものがあります。切手は小さな世界の美術館であると思います。

◆  上段の一番の右側の切手は、彦根屏風に描かれている歌舞伎の創始者である『出雲の阿国』が帯刀を持ち、カトリックのロザリオを首につけて踊っています。阿国は、出雲大社の巫女であるという話もあって、京都の鴨川の流れている南座の歌舞伎座には、横に出雲の阿国の石碑が残されています。何度か京都に行ったときには、この鴨川の南座の前を通りますが、阿国がここで一座を組んで女歌舞伎をしていたとされています。また、阿国には、様々な逸話が地方に残されていますが、私が特に関心を持ったのが、実は阿国の描かれている絵の中に、当時の南蛮もののロザリオを首につけて踊っているものがあったからです。

◆  もちろん阿国は、日本人ですが、ある人はクリスチャンである可能性があるとか、パトロンに南蛮奉行関係者がいたとか、いろいろな説があれますが、絵の世界を見ると阿国はかなり楽しんで、ロザリオをつけて踊っているようなので、当時の南蛮流行ファションとしてつけて踊っていたのでしょう。ただ、私は個人的、阿国がなんでそんなものつけて踊っていたのか、出雲の巫女がそんなことするだろうかという視点があって、それ故に、阿国は本当の意味で『傾きもの』の先駆者であったかもしれないと思っています。

◆  下の切手は、当時の遊女の世界を顕す二段目『松浦屏風』や三段目の彦根屏風の切手の世界の中にあります。この洛中絵図の中の遊女には、犬を連れて散歩をしているものもいます。まだこの時代は、廓の世界と言っても、吉原遊郭のような隔離された世界でもなかったので、特別一定の空間に閉じこめられていたわけではなく、当時の遊女の生活を見てみるとなんとなく楽しそうな声が聞こえてくるようです。それぞれ、太夫の付き人の『かむろ』がかわいらしく描かれていて、キセルなども描かれています。特に遊女の来ている着物の色彩やデザインには、すばらしいものがあります。

◆  出雲の阿国の歌舞伎は、女歌舞伎の先駆者であり、その歌舞伎踊りを演じたのは、遊女達が歌舞伎踊りを演じたようで、それがエスカレートして、社会風紀を乱すということで、途中から女歌舞伎は中止させられてしまいました。しかし、出雲の阿国の影響力は、それなりに地域地域に伝播していったように伝えられてます。そしてこのようなジプシーの芸能の歌舞伎者の流れが日本文化の底流に流れていて、それが現在のつい最近の浅草の世界まで流れていたのです。


出雲の阿国


出雲 阿国(いずもの おくに、元亀3年?(1572年) - 没年不詳)は、歌舞伎の創始者といわれる安土桃山時代の女性芸能者。一般に、於国、国、国子、おくに、くになど、さまざまに表記されているが、阿国とする通説は根拠がなく、誤りともされ。伝承によれば、出雲国松江の鍛冶中村三右衛門の娘といい、出雲大社の巫女となり、文禄年間に出雲大社勧進のため諸国を巡回したところ評判となったといわれている。

慶長8年(1603年)春に北野天満宮に舞台をかけて興行を行った。 男装して茶屋遊びに通う伊達男を演じるもので、京都で大変な人気を集めた(「当代記」[3]。同年5月には御所でも「かぶき踊り」を演じた。阿国は四条河原などで勧進興行を行った。なお、阿国の踊りをややこ踊りとする他、念仏踊りと記した史料もある。

阿国一座が評判になるとこれを真似た芝居が遊女によって盛んに演じられるようになり、遊女歌舞伎となった。このころの歌舞伎は、女性によるセクシャルなもので、儒学を重んじる徳川幕府などにより、女性による歌舞伎は禁止された。その後少年による歌舞伎が行われるようになるが、衆道(男色)も盛んに行われた時代でもあり、少年である役者に手を出すものも後を絶たず、今のような野郎歌舞伎(役者が全員成年男子)にかわった。
                                     ( ウィキペディアより)

婦女遊楽図屏風
( 下記は郵便学者 内藤陽介氏ブログより、遊女と切手の項目より興味ある説明 )

 これは、1975年の趣味週間切手で、大和文華館所蔵の国宝「婦女遊楽図屏風」(九州平戸の大名家、松浦家に所蔵されていたことから、一般には「松浦屏風」と呼ばれている)が取り上げられています。

 「婦女遊楽図屏風」は、六曲一双の金地屏風に、着飾った遊女や禿(遊廓で養われていた少女)18人をほぼ等身大に描いたもので、近世初期の風俗画の傑作といわれています。

 切手に取り上げられているのは、屏風右隻の右から4枚の部分で、右から、キセルにタバコを詰める女性、客に手紙を書いている女性、梅の枝を持つ女性、柄鏡を持って化粧する女性などが描かれています。なお、残りの2枚分にはカルタ遊びをする女性2人が描かれていますが、この部分は1995年の「国際文通週間」の切手に取り上げられました。

 ところで、前年の1974年まで、趣味週間切手には近代の美人画が取り上げられるのが慣例となっていましたが、切手に取り上げる作品の著作権使用料をめぐって郵政省と日本美術家連盟が対立し、候補として挙げられていた安井曽太郎の「金蓉」の使用許諾を得ることが困難となったことから、今回からは、著作権保護の対象とはならない明治以前の作品が取り上げられるようになったものと考えられます。

 かつて、郵政省には趣味週間切手の題材選定にあたって、遊女や湯女など、いわゆる風俗業の女性は取り上げないという不文律があり、このため、たとえば、1948年の趣味週間切手 の題材選定に際して、懐月堂度繁の「立美人図」 が有力候補として挙げられていたにもかかわらず、モデルの女性が遊女であるという理由で、最終的に「見返り美人」が選ばれたということもありました。

 結局、今回の切手に関しても、郵政省の報道資料等では「婦女遊楽図屏風」が遊女を描いたものであることは一切触れられておらず、この件に関して郵政省が神経質になっていた様子がうかがえます。

 まぁ、実際に切手が発行されてみると、遊女が描かれているという理由でクレームをつける人はいなかったようで、上記の心配は郵政の取り越し苦労に終わりました。むしろ、収集家などからは、画面の中央で分断するような連刷形式のほうに批判が集まったのですが、この点については郵政側は全くの想定外だったようです。


◆ 以上抜粋となりますが、この婦人遊楽図屏風の切手に纏わる逸話です。これを読むと遊女歌舞伎が禁止されてその影響は、ずっと続き小さな『切手』の世界にまで及んでいたということになると思います。もし日本がキリスト教倫理社会の世界であったら、このような屏風絵は、現在も存在していず、切手の世界にも表現されなかったことでしょう。またそのうち、この切手も希少価値がどんどん高くなるのでしょうか。ちなみに、遊女達が来ているファツションは、とてもすばらしいデザインのものが多いのです。それをもし、現実に現代に服飾したらすごいことになると思います。


彦根屏風


 江戸初期の風俗画の名作。国宝。彦根藩主の井伊家に伝来したゆえの愛称で、正式名称は『風俗図』。もと六曲一隻の屏風であったが、現在は保存に便利な六面の額装に改装。遊里の一室にくつろぎ遊ぶ男女15人の姿を、全面金箔(きんぱく)地の画面に描いた遊楽風俗画で、寛永(かんえい)年間(1624~44)前半の町絵師の作と推定される。漢画の伝統的な画題である「琴棋書画(きんきしよが)」が意識されて、本来は士大夫(したいふ)がたしなむべき四つの芸を、琉球(りゅうきゅう)渡来の新しい楽器である三味線、中国から伝わって当時流行の双六(すごろく)、遊女が書き遊客が読む手紙、人物の背後に飾られる室内調度の屏風絵に、それぞれあてている。華やかな色彩による細密描写と理知的な画面構成を特色とする。(小学館・百科辞典より)

◆ この彦根屏風の左側には、山水画の屏風を背景に遊客と三味線を弾く遊女の姿が描かれています。遊郭の中に山水画の屏風があるのです。以前、京都島原にある島原の揚屋の跡が残っている角屋さんを見学した時に、島原の遊郭では、必ず遊郭の中に山水画の世界を著した庭園付きの茶室が三ヶ所ないと遊郭として認められなかったと学芸員の人が話をしていました。

◆ そのようなことで、過去の遊郭の世界には、このような山水画の世界があるのも、なんとなくよくわかるような気がするのです。しかし、どうして遊郭の中に山水の道教世界を顕すのか。それは遊女が遊女でも仙女という意味があったのかもしれません。現実に、現代の画家の中でも、竹林の世界の中に花魁の絵を描く人もいますから、その文化的意味付けが違うのです。

◆ 現実にこの小さな切手の世界に入ってしまったら、そこに何を見いだすことでしょうか。以前テレビコマーシャルの中で、絵画の世界に入ってしまうというコマーシャルがありました。私はそのコマーシャルを見た時に、これは五井野正博士のゴッホの絵画の影響を受けているとすぐ思いました。絵画の世界に入る。例えば、タオの世界であれば、山水画の世界に入って、その山水の美の世界を顕している仙人と出会うとか、或いはその山水画の世界の中に仙人が宿っているとか・・・

◆ 東洋画の世界の中には、そのような不可思議なことが、物語や浮世絵の世界で顕されています。ですから、美術や芸術の世界の中には、4次元的世界があるのだと思います。でもそれが小さな切手の世界にシンクロしてゆくのかどうかはわかりません。

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水と木の精霊の守り人

Author:水と木の精霊の守り人
 浮世絵の中に描かれている宗教・歴史・信仰・民俗学・古典などに深い関心があり、『精霊の守り人』のファンです。また、浮世絵の影響を受けたフランス印象派やジャポニスムに関心を持っています。
( Impressionnistesとは、正しい翻訳では、印象派と訳すのではなく、フランスの浮世絵師と訳すのが正しい翻訳であるそうです )
特に浮世絵の研究者でもあり、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士のファンの一人です。博士の講演の中で、ジャポニスムとは、日本趣味ではなく正しくは、~イズム(ism)とはその人の生き方・精神を顕わして日本趣味ではなく、日本主義と訳すのが正しい翻訳であるそうです。また内部被曝問題に関心があります。日本GAP・アダムスキーやオムネク・オネクに関心を持っています。

◆ このファンサイトの主旨
 
 このファンサイトは、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士の個人的・非公式非公認ファンサイトです。これまで博士の芸術論講座や講演会に筆者が参加して、個人的に主観的に思ったこと考えたことが書かれています。ですから客観的な公式・公認の情報ではありません。

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