五井野正 博士ファン倶楽部  浮世絵と印象派を通して学ぶ自然世界

このサイトは、個人的非公認ファンサイトです。

Entries

五井野正博士『ジャポニスムとは、日本主義である。』                                    印象派一般と西欧の仏教・永遠の仏陀の素朴な崇拝者

zbaNY17Mk1MK4k5.jpg
a3rZotvLUYjXPaA.jpg
BLpINzgOnkaq1Si.jpg


( 一段・三段目は、モネの睡蓮の絵画、二段目・四段目は、ルドンの仏陀の絵画です。下段の仏陀の周りに描かれている華は、なんでしょうか。でもどうして華のような幻想的表現として描いたのか。経典を読んでのルドンの菩提樹の下での仏陀のイメージでしょうか。ルドンは仏伝から何を感受したのでしょう。また上段の仏陀の背景は、数多くの星が描かれている宇宙空間と言うよりも、天界での菩薩像のような気がしますが・・・)

◆ 私は、ゴッホが『印象主義者一般とは、永遠の仏陀の素朴な崇拝者』であると書簡の中で述べられていることを知ってから、どうしてゴッホがそのような認識に至ったのか、その理由について知りたくなりました。しかし、日本の美術の世界では、このゴッホの言葉を真に受けて研究している人がいないに等しいと思うようになりました。日本の知識人は、このような日本の宗教や仏教に対して、西欧人がどのようにして受け入れをしていったのか、そのことを基本的に評価せず、無意識的に削除してしまうのです。そのようなことで、印象派に対する日本の知識人の解釈に疑いを持つようになったのです。つまり、そこには日本の知識人が削除した本当の『西欧の仏教=印象派』の世界があるのではないかということです。

◆ それからもう一つの理由は、五井野正博士の著書である『七次元よりの使者第0巻』の中には、時が来るとヒマラヤ大師などのチベットの高僧やマスターなどが、西欧世界に降りて教えを説くということが書かれており、それが具体的には、どのようなものであるのかわからなかったのてすが、ゴッホなどの印象派などを通して、もしかしたら、それらの人々は、19世紀末の西欧の芸術や文学の世界に、仏教世界を入れるために、転生したのではないのかと思うようになったのです。

◆ たとえば、文学の世界で言えば、ジャン・クリストフを書いたロマン・ロランやシッダルタを書いたヘルマン・ヘッセなどは、インド思想に大きな影響を受けていることがわかりますし、永劫回帰のニーチェや意志と表象の世界を著したショーペハウエルもインド思想の影響を受けていました。またインド思想とは異なりますが、デンマークの哲学者のキルケゴールの間接の弟子などの著作を読むと普通の人でないことがわかります。

◆ しかし、それらはあくまでも多くはインド思想であって、大乗仏教の法華経の流れではなかったのです。恐らく、フランスで起きる印象派とは、それらのインド思想とは別の、日本の浮世絵を通して伝えられた大乗仏教の永遠の仏陀の思想なのでしょう。私は個人的には、インド思想と印象派の中の仏教は違うと思いますが、やはり資料が少なく正直よくわからないのです。

◆ さて、上記は後期印象派の画家オディロン・ルドンの描いた『仏陀』です。上段の作品は、仏陀と言うよりも日本の地蔵菩薩の姿に似ているのですが、これは何かこのような日本の仏像などの資料が流れたのではないかと思わせるものですが、神秘主義で怪奇的な絵を描くルドンが『仏陀』の絵を描いていることを始めて知った時は、私は大変驚いて、どうしてこのような仏陀の絵を広くオープンにして広めないのかと思いました。

◆ それで、どうしてあのルドンが『仏陀』の絵を描いたのか、調べたのですがこれもあまりよくわからないのです。結局日本人は、だれもこのようなことに関心がなく、単なる神秘主義で片づけてしまい、どうして『仏陀』の絵を描こうとしたのか、西欧のキリスト教倫理社会の中では、西欧人が仏教の世界の絵を描くということには、それなりの動機が必ずあると思うのですが、だれも関心を持たず、この領域については調査研究がなされていないようです。それはゴッホが印象主義者とは、永遠の仏陀の素朴な崇拝者の述べているのに、日本人研究者がだれも意識を向けず、その箇所をまるでなかったかのように意識から削除してしまう傾向とまったく似ているのです。

◆ そんなことで調べてゆく、早稲田の先生が『オディロン・ルドン作・仏陀再考』と言う短い論文がネット検索すると出てきて、その中でどうやらルドンの仏陀の作品は12作品あるようなことがわかり、ルドンが釈迦の伝記を記した仏伝の経典を所持していたと書かれていました。どのようなものかわかりませんが、ルドンは経典を所持していたのです。キリスト教倫理社会の中で、仏教の経典を所持して読んでいた。それで仏陀の絵を描いたということだと思うのですが、それを神秘主義で解釈して終わらしてよいのかと思います。

◆ またあのゴーギャンとも親交があったということです。ゴーギャンは仏教の転生輪廻思想を認識していた人ですから、そのゴーギャンと仏教の経典を所持していたルドンが親交があったとなると、どう考えても状況的には、二人の会話の中には、仏教についての話や転生輪廻の話もあったのではないかと推測してしまうますが、日本人研究者には、このような仏教に関係する西欧世界の領域は、無視して削除してしまうので、恐らく印象派を通しての西欧の仏教の研究を日本人は行う意志も気持ちもないのだと思います。そのようなことは、私はつくづく日本の知識人や研究者が明治の福沢諭吉の脱亜論の世界にいるのだと改めて思ってしまうのです。


* オディロン・ルドン(Odilon Redon, 1840年4月20日(4月22日説もあり) - 1916年7月6日)は、19世紀-20世紀のフランスの画家。ルドンは印象派の画家たちと同世代だが、その作風やテーマは大いに異なっている。光の効果を追求し、都会生活のひとこまやフランスのありふれた風景を主な画題とした印象派の画家たちに対し、ルドンはもっぱら幻想の世界を描き続けた。象徴派の文学者らと交友をもち、象徴主義に分類されることもあるが、19世紀後半から20世紀初頭にかけてという、西洋絵画の歴史のもっとも大きな転換点にあって、独自の道を歩んだ孤高の画家というのがふさわしい。

初の石版画集『夢の中で』の頃から当時の生理学や科学が投げかけていた疑問・問題意識である不確かな夢や無意識の世界に踏み込んだ作品を多く発表した。それらは断頭や目玉など、モノクロの版画であることもあって絶望感もある作品群だが、人間の顔をもった植物のようなものや動物のような顔で笑う蜘蛛など、どこか愛嬌のある作品も描いた。

鮮やかな色彩を用いるようになったのは50歳を過ぎてからのことで、油彩、水彩、パステルのいずれも色彩表現に優れているが、なかでも花瓶に挿した花を非常に鮮烈な色彩で描いた一連のパステル画が知られる。日本国内では岐阜県美術館がルドン作品を数多く所蔵している。 ( ウィキペディアより )

◆ 下記は、ルドンの花の作品、ルドンは植物学者との親交があり、その生命感が画風の世界に表現されていると思います。それは上段の仏陀や菩薩を描いた作品の中にも、樹木や花粉の世界が神秘的な形で表現されています。下記上段の画像は、上記のルドン【菩薩像】の中の右下の草木を拡大したものです。

J1v3UK2QKtwj8jv1412903309_1412903343.jpg
fdlrxZ3Eiz7zKiF1412902351_1412902389.jpg
tmiCWNle0mA4tgw1412902415_1412902429.jpg

◆ 上記は、草花の絵画となりますが、印象派以前の西洋のキリスト教倫理社会で絵画を描く画家は、キリスト教会や貴族に仕えて絵を描く人々であり、それ故に絵画のテーマはキリスト教や神話などの世界に画題が制約されて、キリスト教倫理に反するテーマを描くことはできなかったのです。またその画題は、貴族などの権威を顕す肖像画などでした。

◆ ですから、自然世界の小さな草花や木々が、キリスト教倫理社会の中では、中心テーマとして扱われて描かれることはなかったのであり、芸術の世界といえどもカトリック教会の倫理に制約されて縛られて抑圧されてきたということなのです。

◆ そのようなことで上記のような草花な中心とした草木がテーマとして描かれるようになったのは、日本の浮世絵がフランスに流れて、浮世絵の世界に美しく描かれている江戸時代までの本来の日本人が持っている自然観・生命感・宗教観によるジャポニスムの影響によって始めて、西洋の画家達は、カトリック教会によるキリスト教倫理から解放されて、始めて自由に自然の世界が描かれるようになってゆくのです。
スポンサーサイト

*Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

左サイドMenu

プロフィール

水と木の精霊の守り人

Author:水と木の精霊の守り人
 浮世絵の中に描かれている宗教・歴史・信仰・民俗学・古典などに深い関心があり、『精霊の守り人』のファンです。また、浮世絵の影響を受けたフランス印象派やジャポニスムに関心を持っています。
( Impressionnistesとは、正しい翻訳では、印象派と訳すのではなく、フランスの浮世絵師と訳すのが正しい翻訳であるそうです )
特に浮世絵の研究者でもあり、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士のファンの一人です。博士の講演の中で、ジャポニスムとは、日本趣味ではなく正しくは、~イズム(ism)とはその人の生き方・精神を顕わして日本趣味ではなく、日本主義と訳すのが正しい翻訳であるそうです。また内部被曝問題に関心があります。日本GAP・アダムスキーやオムネク・オネクに関心を持っています。

◆ このファンサイトの主旨
 
 このファンサイトは、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士の個人的・非公式非公認ファンサイトです。これまで博士の芸術論講座や講演会に筆者が参加して、個人的に主観的に思ったこと考えたことが書かれています。ですから客観的な公式・公認の情報ではありません。

最新記事

最新トラックバック

カテゴリ

右サイドメニュー

検索フォーム

Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR