五井野正 博士ファン倶楽部  浮世絵と印象派を通して学ぶ自然世界

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五井野正博士『七次元よりの使者第0巻』を読んで                 七次元よりの使者0巻の表紙の扉の挿し絵                             無数の空き缶を拾う『缶世音』菩薩の姿を見て思った事

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(  上段・七次元よりの使者のレコードジャケット  下段・七次元よりの使者第0巻の挿し絵 作画・イラストレーターの大石香織さん  )

◆ 私が、始めて七次元よりの使者0巻を読んで深い印象に包まれたのは、黒い表表紙の銀河の描かれた本の扉を開けて、その中にに描かれている始めの挿し絵である『無数の空き缶を拾う頬に深い涙を流す缶世音菩薩(観音菩薩)の姿』でした。どうして観音菩薩は、無数の空き缶を拾う中で、頬に深い涙を流しているのでしょうか。私はこの扉の一枚の絵を見てとても印象深く思うと同時に、何故かこの一枚の絵の中に無限の悲しみの世界が秘められているような感じを受けたのです。

◆ この挿し絵は、レコード・ジャケットと同じイラストレーターの大石香織さんという女性が描いた挿し絵のようですが、この挿し絵の中には、様々な深い思いが秘められているようで、始めに本を手にとって開くとこの印象深い挿し絵が現れてくるわけです。挿し絵もイラストも絵画であり、その中には4次元的な芸術性が表されていると思います。でもそれにしても、どうして観音菩薩は無数の空き缶を拾う中で深い涙を流しているのでしょうか。それは、形は違ってもこの一枚の挿し絵は、浮世絵の観音霊験記の世界でもあると思うのです。

◆ 恐らくそれは、この空き缶が単なる空き缶と言うだけではなく、空き缶とは、同時に現在の私たち人間の姿を譬えとして現しているということを意味しています。だからNHKの『若い広場』の番組の中で語られているように、人も法もリサイクルしているということなのでしょう。つまり、空き缶の資源リサイクルという意味だけではなくて、人間もリサイクルと言う意味が、この空き缶を譬えとして表されている故に、観音菩薩が深い悲しみを秘めて無数の空き缶を拾っている姿が現されているのだと個人的には思うのです。

◆ とするならば、さらにそれは、観音菩薩のその悲しみの原因の世界を追求してゆくのであれば、それは単なる空き缶などの資源のリサイクルという意味だけではなくて、その空き缶と言う譬えによって表されるものの一つである浮世絵の世界も、また同時に福沢諭吉の学校教育によって、明治時代から現代日本に至るまで、まるで空き缶のように捨てられてきた『ゴミ・糞の世界』なのですから、それは同時に、もしかしたら、個人的な推測になりますが、空き缶とは浮世絵の世界であると言えるのかもしれません。

◆ しかしさらに、このゴミのように捨てられてきた浮世絵の世界の中で、さらにこの悲しみの原因の世界を追求してゆくのであれば、空き缶とは、浮世絵の世界の中に表されている『花魁・遊女』の世界であると感じることができないでしょうか。私は、この挿し絵を見るとどうしてもそのように思えてしまうのです。浮世絵も空き缶も何かどこかで繋がっている。どこかでシンクロしているものがあると思えてきます。因縁というか深い繋がりがあると思うのです。

◆ と言うのも理由があるのです。何故なら、この無数の空き缶を拾う観音菩薩の姿の中に、ユダヤ教律法社会の中で見捨てられた人々、貧しい人々や娼婦に対して、教えを説いたナザレのイエスの姿を投影するからであり、またこの観音菩薩の中に、娼婦シーンを助けようとしたヴィセント・ファン・ゴッホの姿を投影してしまうからです。恐らく、ナザレのイエスにしてもヴィセント・ファン・ゴッホにしてもその内面の世界では、この頬を涙で濡らす観音菩薩のように深い悲しみの心が秘められていたのではないでしょうか。彼等は地球に降りた天界人なのです。

◆ 空き缶とは、人であり、浮世絵であり、花魁であると見るのであれば、そして無数の空き缶を拾う観音菩薩の姿の中に、そのように見立てて深く感じるのであれば、空き缶の世界とは、単なる資源としての空き缶ではなく、単なる資源のリサイクルの姿ではなく、空き缶に譬えられているものとは、いったいなんであるのか、どうして挿し絵の観音菩薩が悲しみの心を秘めているのか、私たちはその絵の顕す意味について、この一枚の観音菩薩の挿し絵である観音霊験記の世界を感じる中に何かに気付かなければならないのかもしれません。

◆ イラストにしても挿し絵にしても、絵画である以上、その中に書き込まれた4次元的な意味や深い感情が秘められていて、それを見る人に何かを伝えようとしています。それはまたあの七次元よりの使者のレコードジャケットの中に顕されている若者の肖像画も、アダムスキーやオネムク・オネクが金星体験記の中で述べているように、金星の母船や神殿や研究所の中にあった『無限の生命のシンボルの肖像画』を描いたものかもしれません。それはあくまでも個人的見解ですが・・・・

◆ またそのイラストの胸部に描かれた八葉の白蓮華の中に描かれている人は、久遠の人・久遠の一者を顕しているのかもしれません。作者は、この一枚の肖像画の中に、金星の肖像画を通して、実はそれ以上の、天界ではなく地球上における無限の生命の肖像画を表現していると思うのですが、それにしても金星のこの肖像画を描いた芸術家とは、いったいだれなのでしょうか。

◆ そしてどうして大石香織さんという人は、このようなイラストが描けるのでしょうか。またアダムスキーもオムネクもこの無限の生命の肖像画を描いた人については言及していないのです。でも金星にはそのような芸術家がいるということなのでしょう。でも私は個人的にその肖像画の故事来歴について、知りたいなと思うのです。

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水と木の精霊の守り人

Author:水と木の精霊の守り人
 浮世絵の中に描かれている宗教・歴史・信仰・民俗学・古典などに深い関心があり、『精霊の守り人』のファンです。また、浮世絵の影響を受けたフランス印象派やジャポニスムに関心を持っています。
( Impressionnistesとは、正しい翻訳では、印象派と訳すのではなく、フランスの浮世絵師と訳すのが正しい翻訳であるそうです )
特に浮世絵の研究者でもあり、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士のファンの一人です。博士の講演の中で、ジャポニスムとは、日本趣味ではなく正しくは、~イズム(ism)とはその人の生き方・精神を顕わして日本趣味ではなく、日本主義と訳すのが正しい翻訳であるそうです。また内部被曝問題に関心があります。日本GAP・アダムスキーやオムネク・オネクに関心を持っています。

◆ このファンサイトの主旨
 
 このファンサイトは、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士の個人的・非公式非公認ファンサイトです。これまで博士の芸術論講座や講演会に筆者が参加して、個人的に主観的に思ったこと考えたことが書かれています。ですから客観的な公式・公認の情報ではありません。

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