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五井野正 博士ファン倶楽部  浮世絵と印象派を通して学ぶ自然世界

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丸木美術館・丸木夫妻の原爆の図。反核・反原発を主張する丸木美術館の原発容認社会の中での社会的役割とは何か。                                                                                                   





( 核による原爆の図とは、十界論で観ると地獄の七丁目の大焦熱地獄の世界を現実に顕したものであり、世界の中で始めに画家である丸木夫妻が体感したその世界を記録の絵画として残したものであると思います。)


 先月、埼玉県東松山市にある丸木美術館を訪ねました。以前から丸木美術館については、知人から聞いていたので知っていたのですが、今年は広島・長崎に合わせて一度訪れてみたいと思っていたのです。動画のニュースにもあるように今年は新型コロナウイルスの影響で来館者が激減しており、私が訪れた時も数人の来館者しか見えていませんでした。

 美術館の外観は、多数の鳩のデザインがレリーフとして描かれていて、とても情感を感じる作りとなっており、個人的には昔のキリスト教会のような木造の雰囲気と似ているような感じがしましたが、庭園はキリスト教会的な雰囲気はなく、庭の入り口には小さな観音堂があって、手作りの観音菩薩が安置されていました。

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( 上記美術館の表面の玄関の顔にあたる建築デザインは、岡村幸宣著『未来へ』の㌻28には説明文があって、次のように説明されています。『1983年の増築の際には、美術館全体の印象を決定ずける正面部分に、ポストモダン建築の先駆者ロバートヴェンチェーリの代表作【母の家】のイメージを取り入れていた。一階のコンクリート壁と、二階の切妻屋根の直線の間に開口部を設け、アーチ曲線で対立させるというアイディア。ヴェンチェーリに傾倒していた島田さんは【母の家】を見るためにフィラデルフィアに足を運んだこともあるという』と説明されています。

 この【母の家】に鳩のデザインのレリーフを表現することは、鳩は、【平和】を意味するシンボルということで描かれているのですが、しかし、その鳩のシンボルは、キリスト教的にも意味を持ち、ナザレのイエスがパプテスマで洗礼者ヨハネから水の洗礼を受けて水面から上がった時に、イエスに鳩がとまり祝福したという故事に由来しており、それはスディグマータという映画でも、鳩はキリスト教のシンボルでもあり、【母の家】に鳩の群れを描くということは、そのようなイメージを同時に描き込んで主張していることを意味していると思われるのです。 

 つまり、それは美術館であると同時に、そこは人々が集まり祈りをささげる教会であるということをシンボル的に意味しているように感じられてくるのです。でもこれはあくまでも個人的感想です。)


 あくまでも美術館ですから、カトリック教会のような宗教的施設でもなければ、聖母マリア様などの彫刻などは一切ないのですが、美術館の中に入ると反原発関係の様々な冊子などが販売されているのがとても印象的なものでした。もちろんその小冊子は、政府系のパンフレットではなく、反原発のミニコミ誌のようなものですが、それを見て、ここは通常の美術館ではなく、アングラ的な反体制的な地下活動的な世界の雰囲気のする美術館の印象を個人的には受けたのです。

◆ アンダーグラウンド(underground)は、地下の意。転じて地下運動。反権威主義などを通じて波及した1960年代後半に起こった商業性を否定した文化・芸術運動のことを指す。アングラと略される。 なおWikipedia英語版では、アンダーグラウンドとインターネットを関連づけてはいない。

 それでも展示スペースはかなり広いものであり、原爆の図の美術館であると同時に反核の歴史に関する社会教育施設のような側面があると強く思われてくるのです。つまり、絵画の展示だけではなく、反核・反原発のアングラ的な音楽や演劇があり、そして講演があり、そのようなうアンダーグランド・文化の世界の独特な感じのする処のように強く感じたのです。一言で表現すると公立美術館ではない、独特の色のついた主義主張のある美術館ということです。とても強く地下世界のアンダーグランドの美術館という感じがするのです。そしてそれは大企業がスポンサーとなっている洗練されたコンクリートの無機質的な美術館とは違うということです。

 本来であれば、福島原発事故後の日本の社会の中では、反核・反原発運動の一つの表現方法として、福島原発事故に対する絵画による展示作品がもっと社会的広がりがあってもよいのではないかと思います。丸木美術館は、丸木夫妻の原爆の図の作品が展示されているところなのですが、そこには反核・反原発に対する多角的・多面的なネットワークの中心があり、ある意味でこのような独特の美術館には、そのような未来の世代に繋いでゆく反核・反原発の社会教育施設なのだと強く思うのです。

 つまり丸木夫妻の原爆の図のみを展示する美術館というよりも、もっと核に関する多角的な情報発信の中心地であり、美術館であると同時に、核に関する社会教育施設という機能が強く、美術館でありながら、被曝に関係するあらゆる文化的側面の人的交流があり、美術を中心として総合的な核や被曝に感ずる情報発信基地のような社会的役割があると思います。そしてこのような特色は、国公立の美術館や大企業のメセナによる美術館にはできない独立自立的な美術館であると思われてなりません。







( 上記書籍は、丸木美術館の学芸員の岡村幸宣氏の著作です。丸木美術館を訪れた人はだれでも感じることと思いますが、国公立の美術館でもなく、大企業のメセナとしての美術館でもなく、巨大な権力や資本力そして国や県や市町村などの政治力にけして左右されることのない独立自立した主義主張を未来の世代につなげてゆくための美術館であり、反対に世界中の多数の個人による主義主張を共有できる多くの市民の集合意識と資金力が、このような特殊な美術館の存在を可能にしている社会的な証でもあると思います。

 さらに述べるのであれば、世界中を結びつけるインターネットの時代では、このような美術館の存立とは、世界中の人々の共有化されたスタンド・アロン・コンプレックス

( スタンド・アロン・コンプレックスとは、 情報ネットワークにより、独立した個人が、結果的に集団的総意に基づく行動を見せる社会現象を指し、孤立した個人(スタンドアローン)でありながらも全体として集団的な行動(コンプレックス)を取ることを意味する。 ) 

が、このような美術館を未来に継続させてゆく力となってくると思うのです。それは核や原発を擁護する国の社会体制側にある地方の行政的な税金ではなく、原発村の大企業の資本でもない、それとはまったく反対に、世界中の無名の個人個人の市民の問題意識力と個人的資金によって支えられていると思うのです。そしてここにくると本当に美術館とは何かということを深く考えることになるのです。それは貧しくとも主義主張を、国や地方そして大企業からの資金による管理操作から自由であるということが本当に大切なことであると強く思えてくることです。)


 それは、絵画や美術表現には、社会的なプロパガンダの側面があって、その絵画的な表現方法によって、原発容認の日本人の意識をが変化させてゆくという使命のようなものがあると考えたいと思います。たとえば、商品の宣伝には様々なノウハウがあるように、反核・反原発であっても、それを社会的に表現するな美術的方法があるのです。

 たとえば反原発や反核運動に音楽が適用されるように、それと同じように美術やイラスト、デザインそして映画などにも音楽同様の世界中の多くの人々に対するプロパカンダの機能があると思うです。そのようなことで本当にこれから一つの絵画を中心に世界中の個人個人の多くの人々にインターネットを通して、反核・反原発についての多角的多面的な情報発信基地が必要なのだと思うのです。



 岡村幸宣著『未来へ』の㌻82に、芸術と放射能、芸術と核の問題について、非常に的を得た核と芸術についての考察がなされているのです。私たちは日頃このような視点を持つことはできないと思うのですが、そこにはアンダーグランド的な芸術の持つ社会的役割について、とても深い考察であるので、その箇所について引用したいと思います。以下はその引用文となります。

 『 【東京新聞】で「非核芸術案内」の連載が始まった。第一回は、もちろん【原爆の図】を紹介する。

 社会部の早川由紀美さんが訪ねてきて、核に対峙する芸術の連載をしてみないかと声をかけてくれたのは、五月末だった。「非核芸術」という造語は、そのとき彼女からいただいた。初めて聞いたとき、自分の手の内にできるかと少し躊躇した。

 しかし、これまでいかに核を主題にした芸術が数多く生まれてきたか、そして伝えれてこなかったかを痛感していたから、良い機会だと思って、引き受けることにした。

 芸術は人間の営みから生まれる。核の脅威は、その営みに直結するから、今日、非核芸術と呼ぶべき表現があらわれることは、不思議ではない。核の脅威、とりわけ放射能を人間は知覚できない。その危険性を隠そうとする社会的な力が働くことも少なくない。非核芸術の歩みは、こうした「見えない」核を「見える」ものとしてあばき出す試みの連続だった。』


 この文章の最後のほうには、見えない核の危険性を見えるものとして、その核の危険性をあばき出すということが、非核芸術の社会的使命とすることであるのだと強く述べておられるような気がするのです。ここにすべての非核芸術の原点があると本当に思うのです。それは単なるアングラとしての芸術ではなく、さらに奥深く踏み込んでゆく。それは新しい美術館の在り方の定義となるものではないでしょうか。


 ふと今回丸木美術館に見学に訪れながらも、それは通常の普通の美術館というよりも多面的多角的な核に関する社会教育的機能が秘められた一歩奥に踏み込んだアンダーグランド的な美術館にとても思えてきたのです。そしてインターネットによる世界規模の情報発信によって、美術館の在り方が変化して進化しつつあるということがはっきりとわかってきたのです。そしてここで働く人々は、普通の美術館ではけして学べないことを、学ぶことができる処であると思います。

 そしてそれは公的な大企業的な美術館ではなく、日本の原子力推進体制に対して反対するアンダーグランド的な美術館という立ち位置は変わらないと思います。そして今後このような役割と使命を担う美術館は、日本の今の社会体制の中で、反核・反原発を主張してゆくこのような性質を秘めた美術館は、いったいどのような社会的機能や社会的表現が必要となってくるのでしょうか。目に見えない危機を目に見える形で表現しょうとする非核芸術の社会的役割として。

 そのようなことで、今回始めて、丸木美術館を訪れてみて、このような美術館の持つ社会的役割と使命についてとても深く深く考えさせられることになったのです。そして学芸員の方の書籍を読むことにしたのです。ここには美術館の形が変化しつつあることが述べられています。そして世界中の個人個人の人々は、日本の箱ものの美術館を反対にどのように評価することでしょうか。日本の美術館とは、本当にポリシーがあると言えるのでしょうか・・・と。





 上記動画は、入市被曝の体験を語られている丸木夫妻の動画です。この原爆の図が世間に初めて公表されていた当時、それはアメリカの占領下ということで、あからさまに原爆の図ということで広島の原爆の惨状を絵画という形で展示するということに対して弾圧を受けるという証言をされていますが、それは恐らく福島原発事故の現在の日本の社会の中にあっても形を変化させて続いている出来事であるかもしれません。

 上記、丸木美術館の学芸員の岡村幸宣氏は、その著『未来へ』㌻16~18の中で、3.11の東日本震災の福島原発事故の時に、本来であれば都内の目黒区の【目黒区立美術館】において原爆を視る】というテーマで大規模な原爆に関わる展示を企画していたようで、その中の中心的な展示ということで『原爆の図』が丸木美術館から作品が貸し出しされようとしていた時に、目黒区の芸術文化財団が緊急会議を開き、今回の展示が中止となったという出来事が記述されているのです。つまり、今回の福島原発事故と原爆の図はイメージを助長させるものという理由で、原爆の図の展示を含めて企画展すべてが中止となったということなのです。

 これは、公立や区立そして国立の美術館の展示の内容とは、暗黙の了解のもとに、政府や官僚のお上の方針に反する展示については、国立や公立、市立などの公の機関の美術館の展示には規制や検閲を受けるということであって、それは税金を使って運営される以上、制約を受けるということなのです。つまりスポンサーの意向によって、その主義主張を変更されるということなのです。

 つまり、公的機関や大企業などのスポンサーによって運営されている美術館は、当たり前のことですが、自由な表現はできない、結論から言えば、今の日本政府の原発擁護の社会体制に反対するような反原発の絵画の展示は、公的機関ではできなくなるということを意味しているのです。

 そしてこのような基本的立ち位置は、上記動画の中で丸木夫妻が語っているように、初めの展示の時から、【原爆の図】という表現は許されず【8月6日】というテーマとなってしまったということからすでに始まっていると思えてます。そしてそれは現在の福島原発事故の日本の社会でも同様なことが、日本のあらゆる領域にみられる社会現象と言ってよいでしょう。それは今日は風評被害という形にすり替えられて、被曝の真実がすり替えられているのです。

 そしてこのような丸木美術館の立ち位置と現在の日本政府の原発擁護の社会体制は、相いれないものであり、このような視点より丸木美術館の役割とは何かということを考えた時に、有事の際の日本国内にある美術館の役割を考えると、普段考えもしないことを丸木美術館の在り方を通して、いろいろと日本の美術館の在り方について考えさせられるのです。そして有事の際の日本の美術館の役割とは何かと改めて問う必要性があると思えてくることです。それは有事の際に日本の美術館が国民側に立つのか、政府側に立つのかということなのです。




◆ 追記 ◆

 下記の書籍、岡村幸宣著『未来へ』の㌻303~305には、2017年にアニメーション映画監督の高畑勲監督が丸木美術館を訪れて、【原爆の図】についてコメントをされています。以下の文章はその引用となります。



 『10月には埼玉会館で、丸木美術館開館50周年を記念して、アニメーション映画監督の高畑勲さんと、詩人のアーサー・ビナードさんの対談を企画した。

 高畑さんに手紙を書いたのは、夏のはじめだった。映画【火垂るの墓】を手掛け、古今の芸術表現にも精通する高畑さんに、【原爆の図】を語ってほしいと考えたのだ。





 最初は返事が来なかった。あきらめきれず二度目の手紙を書いた。すると、がんのため入院し、手術は成功したが、【原爆の図】に後ろめたい感情をもっているので、うろたえて返事ができなかった。メールをいただいた。

 高畑さんは高校生のとき、岡山の百貨店、天満屋に巡回した【原爆の図】に出会っていた。占領軍の言論統制で、原爆について何も知らされなかった青年にとって、見ずにはいられない展覧会だった。しかし衝撃のあまり、広島でいったい何が起きたのか理解できず、理解できないことがさらに恐怖を呼び起こし、以来、【原爆の図】避けてきた。それでも、この機に勇を鼓して対面し、あらためて考えてみたい、と記されていた。
 
 9月になって、美術館を訪れた高畑さんは、六四年ぶりに絵と再会した。

 当時、私は原爆被害の実相を知りたかったのです。しかし、いま思うと【原爆の図】は、その実相を描いていない。

 高畑さんは、絵の細部に目を向け、幾度か、うまい、とつぶやき、しかし、これは現実を描いているとは思えない、と言った。
 
 被曝市民の描いた絵の方が、現実を伝えているのではないですか。

 そう言ってから、ああ、私はさっきから文句ばかり言っていますね、と笑った。

 対談が近づくと、高畑さんからの出演辞退の連絡が入った。体調の不安もあったのだが、このテーマを語るには時間が短すぎる、との理由に、本気で絵と向き合おうとしていると感じて、懸命に説得した。直前になって、ようやく出演の意思を伝える連絡が入った。

 この絵は、西洋の節度を学んだ画家が、客観的な視点で美を追求しています。感情に流されるような見え透いたシーンを抑制して、張りつめたひとつの塊として、見る側に訴えようとしたのだと思います。ふたりは本当の絵を描きたかったのです。
 
 司会をつとめた私は、高畑さんの真意をもっと聞きたかった。【本当の絵】は、被曝体験とは異なる回路から、どのような真実に迫るのか、あるいは迫ることがないのか。しかし対談は、すでに終了予定時間を大幅に過ぎていた。
 
 言うへきことが言えていない。しかしそれはこちらのせいだ。考えは深めたい。

後日、高畑さんから短いメールが届いた。いつかまた、【原爆の図】について語ってくださることを願っています。と返事をしたのだが、最後になってしまった。
 
 2018年4月5日、高畑さんは亡くなった。



 上記が丸木美術館を訪れたアニメーション映画監督の高畑勲氏について記述されている部分の引用となります。高畑勲監督の作品の中に有名な【火垂るの墓】があります。この作品の中には高畑勲監督が経験した戦争体験が深く描写されており、そのような経過から、高畑勲監督を招いての企画があったようです。

 それにしてもジブリのアニメのファンとしては、高畑勲監督が丸木美術館を訪れていたということには大変な驚きを持ったのです。何故なら【火垂るの墓】の作品にしても、この作品の都市伝説的解釈には、戦前の時間の世界に閉じ込められた子供の幽体が描写されているからです。

 本来なら、二人の子供たちは、戦争で亡くなった父や母と死後、幽体となった後に出会うことでしょうに、この二人の子供たちは死後、先に亡くなった自分の両親とも再会できずに、その神戸という土地に縛られて、その戦前の世界に閉じ込められているわけです。

 この作品をよくよく見てゆくと、高畑監督は、そおいう霊的な世界について感受して、美術的に描写することができる人なのだと思うのですが、そのような感受能力の深い人が、【原爆の図】とどような形で対面して向き合うのかという問題なのです。たとえば、このことを別の角度から表現するのであれば、日本のスピリチャル世界の人々は、この【原爆の図】に対してどのように向き合い、コメントをするのかという問題でもあるのです。

◆ その意味では、高畑勲監督が丸木美術館を訪れたということ。そして【原爆の図】と対面したということは、本当に驚きであるのです。その意味では具体的なその時の対談の動画を一度拝聴できないものかと深く感じるのです。そしてそれは多くのジブリファンの人々の意識に対して大きな影響を与えるものと思います。

 また高畑勲監督作品と言えば、【アルプスの少女ハイジ】がとても有名な児童文学のアニメ作品ですが、上記動画の中にもあるように、高畑勲監督とは、日本のアニメの原点とも言える日本の【絵巻物】に対する研究家でもあるようです。そして動画の中でアニメの原点は、日本の絵巻物の世界にあることを述べているのです。つまりアニメの原点とは、日本の戦後の学校教育の教科書でも教師の頭の中にあるものではなく、平安時代の絵巻物の世界を起源とするということなのです。

東京書籍【新しい社会・歴史】平成19年2月10日発行より ヴィセント・ファン・ゴッホ【タンギー爺さんの肖像画】世界の中の日本【ジャポニスム】の記述があった。学校教育・教科書教育の根源である福沢諭吉の【脱亜論】に投げかける【ジャポニスム

 このように故事来歴を考察するとアニメの世界を馬鹿にする学校の教師とは、日本の古い文化についての認識がない人間であるということが反対に証明されてしまうのです。何故なら海外のクールジャパンを研究している外国人は、日本の学校の教師と違い日本の古い文化に対して日本人以上に理解と認識があるからです。そしてアニメによって思想や哲学が表現できるということを、日本の学校の教師には理解できないことでしょう。

 そのようなことで高畑監督の遺作ともなった【かぐや姫の物語】については、高畑勲監督の世界が凝縮されているような気がするのですが、それは何故か、それはこの【かぐや姫の物語】の構図と【アルプスの少女)ハイジ】の構図には共通した世界が対比されているからなのです。それは、つまり都市や都の世界と山村の自然の世界におれる人間の在り方が対比されているのです。文明と自然の世界の対比が描写されているのです。

原作・ヨハンナ・シュピーリ・アルプスの少女ハイジ の世界 アルプスの山岳信仰とキリスト教信仰の融合の世界ハイジ(アーデルハイト) の強烈なノスタルジア  

 また高畑監督は、かぐや姫の物語についてかなり深く本質的なことについて、追及していることがよくわかります。それはかぐや姫が月の世界で犯した罪とは何かについて深く考察しています。このような思考様式は、普通の人が考えない領域の世界のことであり、その意味では高畑監督という人は物事の本質を深く探求する姿勢がとても強い人のように思えるのです。以下は【かぐや姫のむ物語】の動画です。






■ 上記動画は、カグヤによる月面の動画。そしてその下は、【スペース1999】の日本でテレビ放映された時の動画です。【スペース1999】は月での爆発によって、月が地球の軌道を離れて離脱して、宇宙空間に投げ出されて旅をしてゆくという物語です。



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 上記は、『内部被曝の脅威』の著者である肥田舜太郎先生の動画です。先生はもうなくなられてしまいましたが、戦後の原爆投下後の被曝の歴史の生き証人であり、戦後の日本政府がこの被曝の問題に対してどのような対応をしてきたのか、日本政府の被曝に対する犯罪の歴史を一番よく知り尽くしていた先生です。

 肥田舜太郎先生は、先生の作られた医療生協の埼玉協同病院で被曝外来を長年続けてこられたそうですが、私が埼玉協同病院の医療相談室に以前相当昔に問い合わせでアポなしで伺った時には、被曝外来の医師が肥田先生から別の医師に代わってしまったようで、その時には精神科の医師が担当していると聞いて大変驚いてしまったことを憶えています。

 その後、内部被曝研の浦和の勉強会に、スイスからミシェル・フェルネックス博士が来日して、その講演会があった時に、講演会後の食事会の時に、先生に、内部被曝によってイオン・チャンネルに異常が起きてくるのであれば、どうして病院のナトリウムとカリウムの電解質検査で、その異常が数値として見いだせないのか質問したことが、先生との出会いであったと思います。

 先生の話では、内部被曝のイオン・チャンネルの異常は、病院で行う電解質検査には反映されないという解答でした。つまり病院の電解質検査では、細胞内の電気的変化は測定できないということらしいのです。つまり、細胞内の電解質の電気量の変化を測定する領域は、生化学の分野というよりも、【細胞物理学】の世界の問題なのです。細胞物理学とは、細胞内の発電のメカニズムであり、生体電流の世界の問題なのです。

 その意味では、電解質検査に反映されなくとも、その電流の変化は、心電図という形で心臓の場合は、測定できるにしても、ぶらぶら病などの場合は、筋電図検査をしても何の異常な数値は反映されないという解答でした。つまり医療機関の現在の検査で内部被曝が数値として反映されれば、それはとても簡単なことであるけれども、現実はそうでないところに内部被曝の大きな問題があるのだと話されていました。

 内部被曝の問題については、肥田先生が一番現状での真実を一番把握されていると思いましたが、もし細胞内の電気的変化を測定できるナノテクの分野での検査機器が将来開発されれば、内部被曝の本質を細胞物理学的に解明できる時が必ず訪れると思うのです。そしてその時には、ICRPの数値が科学的医学的に妄想であることが証明されて、それを妄信した日本の医師や看護師がICRPやIAEAの犯罪に加担した人々であると子供や孫の世代に評価されるときが来ると思うのです。

 放射線被曝の問題について考えることは、日本の現在の社会体制では、圧力を受けるのであり、それは美術の世界だけではなく、医療の世界でも長年被曝医療は弾圧を受けてきたのであり、それは美術の世界でも医療の世界でも同じような形で、アンダーグランドの世界に追いやられてしまうのです。ここには同じ構造があるのです。

 今回、丸木美術館を訪問しましら、ミニコミ誌で肥田先生の記事のある冊子を発見しました。現在、福島原発事故の問題が世間から隠されてきて、表立っていない状況の中で、このようなミニコミの雑誌に出会えるということは本当に稀であると思います。昔はよく被曝に関する講演会の時には大量に配布されていたものですが、今はだれも内部被曝については語らなくなっていますが、ここにはこのような冊子が置かれているわけです。すべてが日本の社会から風化してゆく中で、ここには問題意識を持った人々がまだいるのだと思えるようになったことです。


◆ 追記 ◆

 また下記、岡田幸宣著『未来へ』の㌻43には次のような記述があります。それは【内部被曝の脅威】の著者で、医師である肥田俊太郎先生について書かれています。



『 九四歳の【被曝医師】肥田舜太郎さんを迎えての講演会。高齢のための不安もあったが、肥田さんはとても元気だった。会場には200人を超える人が訪れ、幼い子どもを連れた若い夫婦の姿が目立った。

 肥田さんは、1944年に陸軍軍医学校を卒業し、軍医少尉として広島陸軍病院に赴任した。原爆投下直後から戸坂村で被爆者治療にあたったが、やがて原爆を直接受けていない人が、口や鼻、目から出血し、髪が抜け、紫斑が出て死んでゆく姿を目のあたりにして、疑問を抱くようになっていた。

 なぜ、ピカにもドンにも遭っていない人たちが死んでゆくのか・・・・。

 しかし、原爆の被害は米軍の機密であり、カルテに書くことさえ許されてなかった。

 その後、上京した肥田さんは、半世紀にわたって【内部被曝】の後遺症に苦しむ人々の治療にあたりながら、被爆者に対する社会の差別に向き合ってきた。

 日本の政府は、原爆でどれほどの人が死んだのかという資料さえまとめていません。

 だから原発事故が起きて具体的な指示を出すことができないのです。専門家と称する人がテレビに出て心配ないと言いますが、【内部被曝】の被害が明らかになるのは、これからです。

 そんな肥田さんの言葉を、私たちはどう受けとめ、生かしていけばいいのだろう。』




(上記は、広島の被ばく樹の動画。被曝して枯れてしまった樹木が、現在の緑の樹木の姿に蘇っています。また下の画像は、チェルノブイリ原発事故の報告書の表紙の写真です。樹木の丸木の写真なのです。)

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水と木の精霊の守り人

Author:水と木の精霊の守り人
 浮世絵の中に描かれている宗教・歴史・信仰・民俗学・古典などに深い関心があり、『精霊の守り人』のファンです。また、浮世絵の影響を受けたフランス印象派やジャポニスムに関心を持っています。
( Impressionnistesとは、正しい翻訳では、印象派と訳すのではなく、フランスの浮世絵師と訳すのが正しい翻訳であるそうです )
特に浮世絵の研究者でもあり、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士のファンの一人です。博士の講演の中で、ジャポニスムとは、日本趣味ではなく正しくは、~イズム(ism)とはその人の生き方・精神を顕わして日本趣味ではなく、日本主義と訳すのが正しい翻訳であるそうです。また内部被曝問題に関心があります。日本GAP・アダムスキーやオムネク・オネクに関心を持っています。

◆ このファンサイトの主旨
 
 このファンサイトは、ロシア国立芸術アカデミー名誉会員の五井野正博士の個人的・非公式非公認ファンサイトです。これまで博士の芸術論講座や講演会に筆者が参加して、個人的に主観的に思ったこと考えたことが書かれています。ですから客観的な公式・公認の情報ではありません。

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